第1話

「部活どーしよっかなぁ」

 手にした大量のチラシを眺め、ひとりごちる。

 高校からの帰り道、わたしはなんの部活に入ろうか迷っていた。

 身体を動かすのは好きだし、入るとしたら運動系の部活。

 でも全国優勝を目指すような場所は避けたかった。

 理由は単純に、休日が潰れるから。

 日夜汗臭くなるまで部活に明け暮れるより、わたしはのんびりしたいのである。

 今わたしが手にしているのは数分前、怒涛の部活勧誘を受け渡された代物だ。

 わたしに限らず新一年生は全員、その洗礼を受けた。

 野球部やサッカー部はまだしも、茶道部や手芸部、はたまたアイドル研究会やオカルト研究会までが、飢えた野獣のごとく詰め寄ってくる姿は少し恐怖を覚えた。

 いやー、高校とは恐ろしい。

「来年はわたしがあれをやるのかー」

 まさか入学早々、来年の心配をするとはね。

 とはいえまだまだ高校生活は始まったばかり。

 仮入部期間もあるのだから、ゆっくりと考えればよし。

 実のところ、オカルト研究会にも興味があるのだ。

 黒塗りでよくわからない記号がたくさん描かれたチラシは、他のチラシと比べて一際目立っていた。

 否が応でも興味は出てしまう。

 しかし興味があるなら二つ返事で入るかといわれれば、そうとはいかない。

 こういうのは傍から見たり他人から話を聞いたりするのが楽しいのであって、いざ入ってみたりするとロクな目に会わない。バラエティー番組と同じだ。

 ただ、そのハプニングこそわたしは興味があるわけで。

 笑い話は多くても困らない。あくまで笑い話の範疇ならだけど。

 だけど運動系の部活でも、女子テニス部は、自分にはちょうど良さそうに思えた。

 頻繁に活動はしているが、身内との簡単な試合ばかりで実に和気藹々としている。

 暑苦しいことで有名な、かのテニスプレイヤーはいないのだ。

 どちらに入るにせよ、まずはクラスに馴染むことが最優先。

 ぼっちになってしまっては、青い春となるはずの三年は苦痛の中で過ごすこととなる。

 「むむむ。身体を動かすか、不思議を追っかけるか」

 将来を左右する究極の二択に、思わず唸り声を上げてしまう。

 週明けにでも仮入部してみよう。

 そんな事を思いつつ帰る今時分。

 空は快晴、風は穏やか。花粉症にはややツライ。花粉症じゃないけど。

 なにげなしに向いた先には一本の細い路地が延びていた。

 どれくらい細いかというと、軽自動車が一台やっと通れるくらい。

 片方の家の影がかかっていて、昼間だというのに妙に薄暗かった。

 変質者とかはこういうところに隠れるのかなー、とか思っているとソレを見つけた。

 そう、ソレである。

 トカゲである。

 具体的になんという種のトカゲかは分からないが、手の平に治まるサイズの草むらで見かける茶色の小さなトカゲだ。

 テレビで見たコモドオオトカゲとかいう、ワニもどきではない。

 どうしてそのトカゲが気になったのか分からない。

 わたしは別に虫や爬虫類が特別苦手ではないからだ。

 あ、ゴキブリは例外で。あれは駄目。ゴキブリ滅ぶべし。

 トカゲはきょろきょろと辺りを見渡していた。

 警戒しているのか、はたまた何かを探しているのか。

 わたしは悪戯心から、こっそりとトカゲの後ろに忍び寄った。

 あれだけ首を動かしていたら気付かれそうなものだが、意外にも逃げる様子はない。

 わたしはトカゲの後ろにかがみこむと、驚かせるつもりでちょんと尻尾をつついた。

 びくん! ぷつん! ずだだだ!

 触った直後のトカゲを表現するとこんなところか。

 心臓が飛び出るほど驚いたのか、尻尾の先が切れたのにも気付かず、トカゲは目にも留まらぬスピードで逃げ去っていった。

「あ、ちょっ!」

 うねうねと動く尻尾の切れ端を前に、わたしは少し罪悪感を覚えた。

 ほんの少しじゃれるつもりだったのに、尻尾まで切ってしまうなんて。

 いや、それだけではない。

 さっきのトカゲの仕草はあまりに人間そっくりだった。

 わたしはトカゲの逃げ去った道に目をやる。

 見たところ一本道で、両側は穴の空いてない石塀。

 もしかしたら追いつけるかもしれない。

 そう思ったときには私の足は動いていた。

 切れた尻尾をポケットに入れ駆けだす。

 この時、引き返していたらあんな目には遭わなかったことだろう。

 しかしこの時の私には、そんなこと知る由もなかった。

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