ミサトさんちで晩ごはん

ハットリミキ

プロローグ

(おっ。サツマイモ)


 すっかり陽が落ちた夕刻の商店街。買い物の主婦の数よりも、仕事帰りのサラリーマンやOLが多く通る時間帯。祐介はスーパーの店先で足を止めた。

 店頭の青果のカゴに並ぶ、明るい赤紫色の芋。祐介はその値札の大きなフォントを見た。“タイムセール”と書いてある。

(一本百円か……もうそんな季節なんだな)

 少し前まで、半袖のTシャツを着ていた。それがいつの間にか、長袖Tシャツに替わり、今では上着が必要になっている。

 おれらしくねえな――ここで自分が野菜で季節を感じていることがおかしくなってしまって、祐介は小さく笑った。サツマイモなら、秋口からスーパーで見ることができた。だが金額がここまで落ちていることで、秋から冬に移りゆくのを知った。

 こんな自分を悪いとは思わない。

 逆に豊かになったような気がする。財政的なことではなく、気持ちの上での話。

(食生活が変わっただけなんだけどな)

 それでは、何故変わったのか?

 ミサトさんのせいだよ、と独り言にもならないくらいの小さな声でつぶやいた。ただし憎々しげでは決してなく。

 祐介はカゴの中から、サツマイモを一本取った。男である自分が掴んで、親指と人差し指が届かないくらいの太さ。しっかりと身が締まっている。

「らっしゃい! 紅アズマ、奥さんに焼いてもらったらどうですか? 甘いですよ!」

 威勢のよい青果売り場担当の中年男性が、祐介に声を掛けてきた。(おれが妻帯者に見えるのか?)と不思議な気持ちになった。

 この日は縦ストライプのシャツの上に、ジャケットを羽織り、ジーンズを履いていた。サラリーマンに見える? 実際に仕事の打ち合わせの帰りだったが。

 しかし悪い気分ではない。

「焼くのもうまいけど……」

 否定しない。店員の勘違いに乗ってみた。

「お? それじゃ炊き込みご飯……スイートポテトとか?」

「それもいいけど、けんちん汁なんです」

「へえ! そりゃうまそうだ」

 初めてそのメニューと出会った時の自分の反応とはまったく違う。

(余裕なさすぎだろ)と、祐介はそんな当時の自分を恥じた。

 店頭でサツマイモ二本を、スーパーのロゴが入ったカゴに入れた。

(ついでにビールでも買っていくか。たまにはワインも)

 祐介はそのままスーパーの中に入っていった。

(ミサトさん、ワインはどこのメーカーが好きだったんだっけ?)

 思い出そうとする。しかし。


(……笑った顔しか思い出せねえなぁ)

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