空色

「ランジュールの瞳は、空みたいだわ」


 世にも稀な美しさを持つ人間の女は、時折奇妙な事を言い出す。

 彼女を拾ってきて、早半年。アジカに言わせるならば、彼女に“落ちた”ランジュールが、彼女を“自ら”屋敷に連れ帰って既に半年が過ぎた。

 この日も、彼の膝の上に収まっていたアジカは、今まさにそのことに気付いたのだ、と言わんばかりに、ランジュールの顔を見つめ出した。彼女は身体の位置を変えると、たおやかな掌で彼の両頬を包み込んで固定し、まじまじと彼の双眸を覗きこむ。

 空と言うならば、アジカの瞳の方がよっぽど空の色に似ているだろう、とランジュールは思う。

 すぐ目の前に来た双眸の色は青。空が多く持つ色も、また青であることには変わりない。

 ああ、だが――真っ青な空と言っても、このような色は持たないだろうか。満月の日の明るい夜空も、これほどまでに鮮やかな青は持つまい。

 眉一つ、筋一つ動かすことなくランジュールはアジカに問うた。

「なぜそう思った」

「なぜ?」

 アジカは、首を傾げる。

「俺のは、青ではない」

「そうね」

「俺のは、黄でもない」

「そうね」

「橙でも」

「茜でも?」

「紺でも」

「黒でも」

 瞬き一つもせずに、冷やかな目と対していたアジカは、くすりと笑みを零した。

「だけど、空みたいだわ。どれとも違うけれど、どれにも見える。刻々と移り変わって、一つとして同じではない」

 空みたいだわ、とアジカは繰り返す。

「好きよ。大好きよ。あなたはちっともわかってくれないけれど」

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