雷の軌跡

 鋭い光と共に、暗雲の中を稲妻が走る。

 直後、地面を揺るがす程の音が鳴り響いた。


「うわああああああっ!」


 窓の外は土砂降りの雨。

 未だごろごろと名残をとどろかせる雷の音を聞きながら、シェラートは絶句していた。

 窓の前では両耳を抑え、今にも泣きだしそな表情でうずくまっている者が一人。彼女の横では、テトが心配そうに屈みこみ、背をさすっては安心させようとしている。

 だがテトも再び部屋の中が、ひかっと瞬いた時には、びくりと身をこわばらせた。

 そこでまた「うわあああああっ!」と声があがる。


「ねねっ、見た見た? 今のすっごい綺麗だったわよね!? あぁ、もう一回鳴らないかしら」

「…………」


 フィシュアは、うきうきと窓に張り付き、次なる雷を待ち構えていた。瞳がきらきらと期待に輝いている。今にも飛び跳ねんばかりの喜びようは、まるで子どものようである。が、実際に子どもであるテトとメイリィはというと、フィシュアのすぐ隣で雷が鳴るたびに固まっていた。

 シェラートは、ある一定方向に対しての呆れを顕著ににじませながらも、テトとメイリィの傍に腰を下ろすと、彼らの頭、両方に片方ずつ手を置いた。

「大丈夫だ。ここには落ちないだろうから、安心しろ」

 本当に? と伺い見上げてくるメイリィにシェラートは「ああ」と頷き、宥めるようにぽんぽんと頭を撫でてやる。メイリィの表情はまだ強張っていてぎこちないものの、安心できたのか、ほんの少し笑みをのぞかせた。

 そこで、ようやくテトとメイリィが怖がっていたことに気づいたらしい。フィシュアが、肩越しに二人を振り返った。

「え、何? もしかして、テトとメイリィは雷が怖いの?」

「もしかしなくても、どう見てもそうだろう」

「本当に本当に怖いの?」

 フィシュアが尋ねたところで、また、ひかっと雷が光った。同時に、テトは妙な笑顔で口元を引きつらせ、メイリィにいたってはぎゅっと目をつむってしまった。

「信じられない……あんなに綺麗なのに」

 フィシュアは微かな呟きを洩らした。どうやら本当に信じられない――というよりは理解できないらしい。フィシュアは彼らの怖がりように、本気で目を丸くしていた。

 どおおおん、という落雷の音が低く響く中、その事実に気付いたシェラートは一人溜息をついたのである。



「テト、メイリィ、ちょっとこっちにきてみて?」

 フィシュアは窓辺に椅子を二脚並べた後、テトとメイリィを手招きして呼んだ。フィシュアは、シェラートが不審げに眺めているのをちっとも気にした風もなく、彼らに椅子にのぼるように示した。

 テトとメイリィは意図がいまいちつかめないながらも、互いに顔を見合わせると、どちらともなく頷いてフィシュアに言われた通り椅子の上にのった。

「雷は、光った後に音が鳴るって二人とも知ってるでしょう?」

 それは確かにそうであるので、二人は揃ってこくりと首肯する。二人が頷いたのを見て、フィシュアはにっこりと笑った。

「なら大丈夫よ。よおく見てて。今にあそこら辺の雲に光の線が走るから。音が鳴るのはそれから後なんだって待ち構えておくといいわ」

 言って、フィシュアは窓の右斜め上のあたりの曇天を指さす。テトとメイリィがくいいるように見つめる中、また、光の線が雨の降る暗い空を切り裂いていった。しばらくした後、今度は遠くの方で雷鳴が響く。

 雷が鳴り終わった後も、窓に手をついて、きょとんと外を見つめている少年少女に向かって、フィシュアは微笑んだ。

「ね、雷なんかちっとも怖くなかったでしょう?」

 本当だ、とテトとメイリィは顔を見合わせる。それから二人揃って笑顔を浮かべた。


 その時。

 光と共に今までの雷とは比べ物にならないほどの大きな雷が落ち、轟音が鳴り渡った。


「「うわあああああああああ!!!!」」


 テトとフィシュアの叫び声は部屋中にこだまする。

 テトとメイリィは完全にすくみあがった。窓の近くでじかに雷を感じてしまった分、恐怖は今までの比ではない。

 ただひとり、テトと一緒に叫びをあげていたはずのフィシュアだけが、窓に近寄り、びりびりと震えている窓にくっついては悔しがっていた。

「――あああああっ、見損なった! 今の絶対すごかった! 絶対綺麗だったのに!」

「……お前なぁ……」

 シェラートは窓に張り付き続けているフィシュアを横目に見ながら、完全に放心してしまっているテトとメイリィを椅子からおろしてやった。

 しかし、床におろしてやったのはよいものの、二人の立っている様子がどうも心もとないものに思えて、シェラートは彼らの背に手を添えて二人を支えた。そのままの恰好で、彼は不思議そうにフィシュアの方を見やる。

「そんなに雷が好きなのか?」

「ええ、大好き! だって、暗い空に線が走って、パッて散っていくのすごく綺麗だと思わない? あの稲妻が走る瞬間を見るのがすごく好きなのよ。あの一瞬だけ空が光に満ちる感じもいいの!」

「まぁ……確かにあれを見るのは嫌いではないけどな」

 綺麗だというのも頷けないわけではない。ただ喜びようが異常ではないかとどうしても呆れてしまうのだ。

 そんなシェラートの胸中など知るはずもない。フィシュアは「でしょう?」と相槌を打ちながら、一心不乱に雨が降り続ける外の風景を見据え続ける。その見つめようは、どちらかというと魅入っているというよりも、視線ごと空に吸い寄せられているかのようであった。

 なるほど。フィシュアが雷好きな理由は充分わかった。

「――だからって、あのやり方はないだろう!」

 シェラートは言葉を失ったままのテトとメイリィを支えていたからこそ彼女に訴えてみたのだが、返ってきたのはフィシュアの「だって成功すると思ったのよ」というなんとも軽い答えだった。

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