その頃テトたちは(4章 水初の儀の後)

 ざわざわという人の話し声が、静まり返っていた村に水初みそめの儀が終わったことを告げる。

 村長の家に残っていたテトとメイリィは窓に近寄って、そっと村の様子を確かめた。村人の顔はどれも喜びに満ち溢れ、何かを興奮気味に語りあっている。

「成功したみたいだね」

 頷きながらも、まだ不安そうにしているメイリィへとテトは笑いかけた。

「大丈夫だよ。きっとこのまま全部うまくいくよ。だから、心配しないで」

 メイリィは小さな笑みを浮かべて頷く。

 トントンという誰かが階段をのぼってくる音が響いたのは、まさにその時だった。

「うわっ! 誰か帰ってきたみたい!! メイリィ、早く!」

 メイリィは慌てて寝台へ駆けのぼり、掛布の中に潜り込んだ。テトも、メイリィとの会話に使っていた紙を慌ててかき集める。

 ガチャリという音の後、顔を出したのは村長だった。

「おや、どうしたんだい? そんなにいっぱい紙の束を持って」

 不思議そうな表情を浮かべる村長に、テトは苦笑いを浮かべた。

「う、うん……。メイリィのことを見ている間に文字の勉強をしようと思って。そうしたらメイリィが目を覚ました時にお話しできるでしょう?」

「そうかい……」

 必死なテトの様子に気付かなかったらしい村長はテトが告げた理由を聞いて悲しそうな笑みをつくった。

「メイリィ様は相変わらずかい?」

「うん」

「そうか……」

 村長は寝台で横になっているメイリィへ一度目を向け、すぐに床へと視線を落とした。

「これから水初の儀がうまくいったお祝いの宴がはじまるんだ。だから私はその準備に行かなくてはならなくてね。悪いけど、もうしばらくメイリィ様をよろしく頼んだよ」

「うん、わかったよ。メイリィのことは任せておいて」 

 テトの承諾に、村長は頷きを返すと部屋を後にした。


「メイリィ、もういいよ」

 テトに声をかけられたメイリィがむくりと起き上がる。

「ばれなかったね」

 どこかいたずらめいて笑うテトに向かってメイリィがこくりと頷く。

「これで、水初の儀も終わったんだね。もう、あの花嫁衣装も必要ないんだね。よかった……」

 “宴がはじまる”

 村長のその言葉は、テトに改めて儀式が終わったことを実感させた。もうメイリィの命が失われることなんてないのだ。

「よかった……」

 もう一度、漏れた呟きにメイリィはテトの手をぎゅっと握った。

『ありがとう』

 零れた小さな花のような笑みに、テトはそっと首を横に振る。

「ううん。頑張ったのはフィシュアたちと、メイリィ自身なんだよ? よく頑張ったね」

 テトに手を握り返されたメイリィは、驚いたように少し目を見開き、次いで嬉しそうに目を細めた。

 手をつないだまま寝台に膝をついたメイリィは、同じ高さにあるテトの頬へ口付けを落とす。

『ありがとう』

 もう一度、囁かれた声なき言葉にテトは当然真っ赤になった。

 何度もフィシュアに頬に口付けられているにもかかわらず、テトは一向にそのことに慣れない。

 フィシュアの時とは違うこそばゆさに、テトは笑みを浮かべたままのメイリィから慌てて視線をそらした。

「そういえば……ね、あの衣装どうなるんだろうね。すっごく綺麗だったよね」

 メイリィが手でペンを持つ形をつくり、何かを書くように動かす。

「あ、書くもの?」

 メイリィが頷いたのを見て、テトはインクペンと紙を用意した。手渡されたメイリィは紙の上にすらすらと文字を書いていく。

『うん。捨てるのはもったいないなぁ。一度、着てみたかった。だって、お姫様みたいでしょう? フィシュアさんもすっごく綺麗だったよね』

「そうだねぇ。でもフィシュア言ってたよ。メイリィは本番で着ればいいんだって。その時がきっと一番綺麗なんだって」

『本番?』

 首を傾げるメイリィを前にして、テトもまた首を傾げた。

「何だろうねぇ。だって、水初の儀の本番は今日でしょう? メイリィはそれに出なくていいのに、何の本番だろうね?」

「コホン」

 扉の向こうから聞こえてきた咳払いにテトとメイリィはビクリと身体を震わせた。

 続いてガチャリという音と共に顔を出した仏頂面の人物に、二人は揃って顔を輝かせる。

「ディクレットさん!」

「メイリィ様。水初の儀は無事終わりました」

 メイリィが嬉しそうに頷いたのとは対照的に、ディクレットはどこか不機嫌そうにテトを見た。

「……そう簡単には渡しませんからね」

 釘を刺すディクレットの言葉の意図が理解できず、テトはただ首を傾げる。

「何か、僕にくれる予定だったの?」

「……いえ。……テトさん、メイリィ様と一緒にいてくださってありがとうございました」


 ディクレットは自分の大人気のなさをごまかすように再度咳払いをする。

 どうやらまったく気付いた様子のないテトに安堵しながらも、楽しそうに笑いあっている、未だ幼さを残す仲のよい少年と少女の姿に目を和ませたのだった。

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