第14話 湾曲
コツン、コツンと、音がする。
わざとらしく、一定に、存在を誇示するというよりは、なんだか嗚咽のようだと珈琲は思った。
「おかえり、お疲れさま。」
「おつありです☆珈琲センセ。」
シャラシャラと手に持たれているのは小さな鍵。恐らく1つは手首の、もう1つは足首の枷を外す鍵なのだろう。
「あれぇ、もう外して帰れるんの?」
「えぇ、といってもまだ外しませんけどね?」
「おいおい、そりゃないぜ」
いつもと変わらない殿の表情に軽口を叩くが、本当に外すつもりのない様子の殿に閉口し、少し考えてから口を開き直した。
「…わかった。で?どうするんですかぁ、このままってわけにもいかないよな。」
「ええ、とりあえず私がさっき聞いてきたお話をここでしようかと思います。」
「へぇ?それはそれは。」
なぜこの格好で聞かなければならないのかわからないが、もしかしたら相手側の指示なのかもしれないと珈琲は思い直し聞く姿勢にはいる。
殿の話を促すように目線を合わせると、殿は頷き口を開いた。
「あちらにはとある薬品の研究開発し、学園の関係者全員に服薬させるように指示されました。」
「どんな薬?」
「簡単に言うと意識を混濁させる薬です。」
「へぇ、どう使うわけ?」
意識を混濁させる薬などこの世にいくつあるか計り知れない。なのにわざわざ開発すると言っているのなら、使い方が特殊なのだろう。
「彼らのシナリオでは、薬によって意識を混濁させ、催眠術のようなもので記憶を書き換え学園の生徒、教師であったという事実を彼らの記憶から抹消してしまうのだそうです。」
「うわぁ、また、悪質な。」
「…すべての生徒、教師のです。自殺部隊も含めた、ね。」
実質上の自殺部隊の解体だそうですよ。と、表情ひとつ変えずに殿は言った。まるでそれが他人事であるかのような物言いに、珈琲は気持ち悪さを覚えながら、殿の話に口を挟んだ。
「随分と他人事な物言いをするね?」
「ええ、避けられないことなので開き直りましたから。」
「ふーん、じゃあ、その薬を開発するんだ?」
「ええ、珈琲先生にも協力していただきますよ。私1人じゃみんなに隠しきれないですから、先生の力も貸してくださいね?」
まるで当たり前のように言葉を紡ぐ殿に、敵に見せるパーフォーマンスとしてやっているのか、それとも本当にそう思ってやっているのか珈琲にはわからなかったが、この言葉に軽々しく乗ってしまってはいけないと、珈琲の何かが訴えていた。
「俺が協力を断ったらどうするの?」
「……断るんですか?」
「当たり前じゃない?少なくとも自殺部隊の解体を俺はやりたくない。」
長いものに巻かれるのも、曲がったことも嫌いなの、俺は。と、珈琲は殿に言い放つ。
それは珈琲の本心であったし、殿自身には珈琲を従わせられるような力はなにもないはずで、はね除けてしまえば裏で殿を操っているあいつらがもう一度顔を出すと踏んでいたからでもあった。
「そうですか。それなら仕方ありませんね。私は珈琲先生を脅せるようなネタを何も持っていませんから。」
読んでいた通り珈琲を従わせられるような力がないと言った殿は、けれども珈琲の予想を裏切る行動に出る。
「先生には無理矢理にでも曲がって、いただきましょう。」
殿はゆっくりと珈琲の頭に手を近づける。
いつも通りの表情がスッと、音を立てて消え去り無表情になったかと思うと、いつの間にか噛みきっていたらしい下唇からは血が流れ、唇を紅く染め上げていた。
「なにする気?」
「そんなに怖がらなくても、殺しはしませんよ。」
その声と共にバチン、という音が珈琲の片耳の鼓膜を揺らす。そして、珈琲の耳を痛みと熱さが耳を襲った。
「いっつ、は、なに……ピアス?」
「ええ、私からのプレゼントです。ただの装飾品じゃないんですよ?」
「へぇ、GPSでもついてんの?」
「いいえ、もっといいものですよ、珈琲センセ。」
殿が口許だけで笑う。初めて見る生徒の顔に珈琲の背に冷たい汗が流れた。
「これには、ほんの少しの爆薬と、ほんの少しの毒薬が入ってます。」
「悪趣味だな?」
「爆発してもね、安心してください。耳がほんの少し吹っ飛ぶだけです。でもね、そこから毒薬が身体に回ります。三時間以内に解毒しないと、とぉーっても苦しんで死ぬことになります。」
「首輪にしなかっただけ誉めてやるよ。」
「あら、珈琲先生に誉めていただけるなんて光栄ですわ。」
空回りする話はいつもと違い、珈琲を追い詰めていく。あぁ、こいつも
「さあ、お返事は?」
珈琲は首を縦に振らざるおえなかった。
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