第8話 骨とちひろ
「あー、いい天気だなあ。」
「いや、どこがだよ。最悪にもほどがあんだろ。」
ちひろと骨川がだべっている、ほとんど使われない埃っぽい空き教室の窓から眺める空は黒い雲が立ち込め、朝から雨が降っていた。
「まあまあ、こういうのは気分でしょ。」
今にも閉じそうな瞼をどうにかこうにかこじ開けながら話す、どこか気だるい様子のちひろと会話する骨川もどこか上の空で、ツッコミこそ入れていたが、疲れ果てたような顔をしていた。
「そういえばさ、口説けたの?」
「…はあ?」
上の空であっても聞き流せない単語を聞いた骨川はちひろの顔を見る。相変わらず気だるそうではあるが、瞼はしっかりと開いており寝ぼけていった訳ではないらしい。
「え、口説きにいったんじゃないの??あっちの高校にここのOGさんを。」
「んなわけねーだろ。ただ、お前らも危ないかもよって、言いに行っただけだし。」
「でも本当はさ、一緒に来て欲しかったんじゃないの?」
どこかイライラしている骨川にここまで踏み込んで話ができるのはちひろの持つ雰囲気ゆえか、それとも骨川が本当は話してしまいたいと感じているからかはわからないが、どちらにしろ二人の空気は不穏なものだった。
「…戻ってきて欲しくなんて、ねーよ。ただ…」
「ただ?」
窓にたたきつける雨はいっそう強くなりまるで嵐のようで、ざわめく木々の音や唸る風の音は心をかき乱すような悲鳴に聞こえた。
「ただ、一緒に逃げようって言った。サイテーだろ?二人だけで全部捨てて逃げようって言ったんだぜ、俺は。」
自嘲するように笑う骨川の顔は同時に痛みを訴えるように苦しみを湛えていた。その顔を目を反らすことなく見つめるちひろは、なにも言わずにいた。
「みんなを守ろうって思ってた。みんな、大切な仲間だって思えたから、さ。でも、みんな違う方向に行こうとしてて、わけわかんねーし、裏切り者だってでてさ、もう、誰が味方かもわかんなくなっちまって、さ。」
だから、逃げたくなった。そう、骨川は言った。もう骨川は笑っていなかった。
そんな骨川を見つめていたちひろは、おもむろに目を窓に向けると口を開いた。
「俺たちってさ、強いじゃん?」
「…うん?」
「いや、だから、俺たちってさ、強いじゃん?」
いきなり何言い出すんだとちひろを見る骨川を気にしないというように、ちひろは言葉を重ねる。その顔は真剣ながらもどこか明るかった。
「強いからさ、たぶん1人でも生きていけるんだよ。だから、別にお前1人がしょいこむ必要ないの。」
だから、好きにすればいいんだって。と、ちひろが笑う。窓を叩く雨は少しだけ弱まっていた。
「は、はははは。そっか、俺たちって強いんだったな。」
最近やられてばっかりだったから忘れてた。と、骨川も笑う。
「そうそう、忘れてるけど強いんだよー。
だから、なんだかんだ勝手に生きていけるって、みーんな。」
「はー、悩んで損したわ。」
「それな。あ、それでOGさんにはなんて言われたの?」
緩んだ空気のなか、ちひろが骨川に問いかけると、骨川が苦い顔をして返す。
「“そんなタイプじゃないでしょ。”だって。“私にかっこつけてないでいつも通り戦ってこいよ。”とも言われたな。」
「おー、男前ー。むしろ守るより、こっちが守られそう、かっけー。」
それな。と、骨川が返し、二人は笑った。
それはきっと高校の数少ない穏やかな時間だった。と、二人は共に思っただろう。
―記憶を失ってしまわなければ。
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