第5話 不穏
保健室にはカーテンが引かれていたがカーテンの隙間から差し込む光がオレンジ色に世界を染め上げていた。
骨「今日が終わるな。」
萩「なに、いきなり湿っぽい声出して。」
そこにいたのは骨川と萩原で、馴染み深いメンバーではなかった。
相変わらずリンリンは武装高校に寄り付かなくなっており、不穏な空気が自殺部隊に流れていた。
骨「いや、別に。今週はいろいろあったから、さ。ようやく終わるな、とね。」
廃校舎という閉鎖された空間のために何一ついつもと変わらない日常に思えるが、一歩、新校舎に入るとそれは幻だったとわかる。いつも冷静な黒蟷螂でさえこちらがわかるほどに疲れ切り、ナルとともに自身の研究室に籠っていた。
骨「俺もここに泊まろうかな。」
萩「その方がいいかもね。」
萩原と殿は出入りが難しくなったことや寮の周囲にも人がうろつくようになったことから、廃校舎で寝起きすることにしていた。
萩「殿が色々持ち込んでるし、衣食住には困らないと思うよ。…あっ、殿と私の事襲わないでね?」
骨「それは誓ってないから安心しろ。」
萩原がその言い方は酷いなあ、と笑うと保健室の扉が開いた。
萩「おかえり、殿。」
声をかける萩原に返すこともしないで殿はまっすぐ保健室に備え付けられている冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出すと、自身のお気に入りの青いグラスに注いで飲み干した。その雰囲気はいつになく暗く、泣いているような怒っているような不可思議な表情をしていた。
骨「お疲れ。大丈夫か?」
萩原に続いて骨川がかけた声にも返事をせず、使ったコップはそのままに殿はベッドへと足を向けた。
骨「なあ、流石に無視は酷くね?」
萩「殿はあんまり昨日寝てなくて、朝早かったから疲れてるんだよ。」
骨「だからって、無視はよくない、だろ?」
骨川はつっかかるように殿に問いかける。
殿は心底面倒な顔はしたが二人に向き直り、ため息をついた。
殿「確かに、骨ニキさんのいう通り。無視はよくないね、ごめん、昔からの癖が治りきってないんだわ。」
骨「難儀な癖だな。」
殿「本当だよ、全く。」
自嘲じみた笑いを顔に張り付けた殿は喋り始めたのだから、そのまま雑談でもしようとベッドの柵に寄りかかり口を開いた。
殿「私には他にも余裕がなくなると爪を噛む癖があってね。幼い頃は母親に見つかるたび、こっぴどく怒られたものだよ、汚ならしいとかはしたないとね。だけどもどうしたってその癖はなくならなくて、今も時々やってしまう。」
骨「だからなんなんだ?」
殿「まあまあ、とりあえず最後まで聞きいて欲しいなぁ。今と昔、年齢を重ねても癖は治らなかったが、身体だけは成長してね。爪はどんどん固くなっていく。僕らはこんな風に生活してるから爪には気を使うからわかるだろ?普通爪はお風呂上がりに柔らかくしてから切って整える。だけど噛むときは整えるのと違うから噛む、むしる。」
骨「……。」
殿「そうするとね余計なところまでヒビが入って割れてボロボロになる。あまりにも硬くなったために、硬さゆえにもろい。私が見てきた今の学校がその状態だったよ。」
そこまでいい終えると殿はそのまま白いシーツに沈んだ。
萩「何でつっかかったのよ。」
骨「悪い、悪い。なんとなくぶちまけた方が楽になるかなって思ってさ。……にしても珍しい、な。殿があんなに対応悪いなんて、さ。」
萩「そうでもないよ。割りと殿も気分屋で、気分が沈むとすごくめんどくさい。」
骨「めんどくさいって……随分な言いようだな。」
萩「殿は聖人君子じゃないっていいたいだけだよ。いつも人の悩みの聞き役してるイメージがあるけど、殿の悩みも根が深くて、ドロドロしてる。」
そう語る萩原の目はどこか遠くを見つめているようで、不安定にゆらゆらと揺らめいていた。
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