第4話


「半分だけ正解だ。だとしても、今からお前をこの山からつまみ出すことは変わらない」


「ふぅん、それはとてつもなくありがたいですね」


 言うが早いか先ほどと同じように影に呑まれたかと思うとあっという間に村の入口が見えるあたり、ちょうど山の麓にいた。本気で“つまみだす”つもりだったらしい。


「うわっ! 流石にあっという間ですね……」


 季節は冬。薄い雪に包まれた地面はとてもきれいだった。雨があたってだんだん溶けてきているけれど。


「――あっ、ちょっと待ってください!」


再び山へと戻ろうと影に包まれかけた狼男の和服のをつかんで陰から引きずり出す。


「はぁ!?」


 人狼の青年はドサリと音を立ててしりもちをついた。こっちがびっくりするくらい素っ頓狂な声を上げて。


「あなた、お名前は?」


「……」


 少し人狼の青年に近づいて彼の顔を覗き込む。しばらく黙っていたが、どうやら呆れた、とでもいうような溜息をついて彼はしぶしぶと口を開いた。どうやら先ほど転んだのが恥ずかしかったらしい。


「無い」


「は? たとえ群れで生まれたわけでないにしても、人狼は名を重んじる種族ですよ?」


 彼は腰についた雪を適当に払いながら立ち上がった。心底面倒そうな目をしながら。


「今、話せることはないけど。……でも、決まった呼び名がないのは事実」


彼は探るような目つきで私の目を見てくる。


「それに、名前なんて必要ない」


「私が、私と旅をしませんか? と言ったら?」


 あっけらかんと答えると少年はきょとんとした顔をして固まる。予想もしていなかった発言に驚いたらしかった。


「え……嫌」


「……そうですか。残念です」


 私は少々肩をすぼませてそれだけ言った。目的地へと向かおうと彼に背を向けると、今度は私がえりをつかまれることになった。


「おい……」


 ぐらりと体のバランスを崩して思いっきりしりもちをついた。どうやら体がなまっているらしい。まったく情けない話、背後をあっさり取られるなんて不服極まりない。


「自分は名乗らずに立ち去るのか?」


 してやったといたずらっぽく笑うのはさっきの仕返しをできたおかげか。初めて笑顔を見た気がする。


「ああ、すみません」


ゆったりと立ち上がって腰辺りを適当にはらう。さすが防水加工がされたコート。ほぼ水たまりに見事に突っ込んだわりに全然水がしみていなかった。


「――私は“雨憑きレーヒェ”この身に呪いを受けた、……人間です」


 呪われた名前。自分でもなぜ本当の名を名乗ろうなどと思ったのか不思議でならない。偽名を名乗っておけば別に構わなかったのに。

 思った通り驚いたみたいで、人狼の青年は目を大きく見開いていた。彼が災害と災厄を併せ持つ存在に何を思ったのかまではわからなかった。

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やまぬあめ 闇の人狼 雪城藍良 @refu-aurofu2486

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