番外編(後日談)7 エウレカ
十二歳のときだ。
授業中、突然、空調が止まり、灯りが消えた。
教師が再びスイッチを入れたけれど、すぐに電源が落ちる。教師は慌てて教室を出て行き、連絡を受けてやってきた養護教諭は生徒全員に睡眠薬を飲ませた。
次に目が覚めたときは自宅の自室のベッドの上。
翌日に登校するとクラスメイトが一人減っていた。
彼女――ナナカ・エガミはSOFが発露したため、保護施設に保護されたと担任は説明した。
あのとき、数学の授業中だったのにナナカがこっそり電子端末で何かを読んでいたのをスグルは見ていた。スグルは彼女の斜め後ろの席だったのだ。
SOFは電子機器を止めてしまう体質で、良い方向でも悪い方向でもとにかく感情が動かされれば、効果の範囲が広くなる。寝ている間であれば電子機器に直接触れない限りは大丈夫だから、SOFが疑われるときは生徒を眠らせると決められている。平常時のSOF範囲も空調や照明に影響するほど広くないと習っていた。
授業中に感情を動かされるようなことなんて普通はない。
きっと、あの物語がおもしろかったのだ。
だから担任が「皆でエガミさんを励ましましょう」と回した寄せ書きに、スグルはこう書いたのだ。
『あのとき読んでた物語の題名を教えてください』
返事はないまま二十年が経った。
彼女があの色紙をどう思ったのか、スグルは知らない。
***
スグル・クガワは、作家志望者のオンラインコミュニティに参加している。映像や音声のやり取りはしないが、タイムラインは頻繁にチェックしているし、ときどき参加するチャットルームもあった。
『これ、知ってる?』
だいたいいつものメンバーが集まったところで、シェルが書き込んだ。コミュニティでは皆ペンネームでやり取りしており、スグルも「ルーグル」と名乗っていた。
シェルが続けて貼ったリンクを辿る。
SOF保護施設のブログだった。タイトルにある施設名を見て驚く。ディーランサ星のパールハールといえば、スグルの出身地だ。
『これ、この間までよくあるSOFの生活や施設の日常を綴るブログって感じだったのに、今は書評が八割くらいになってんの』
『ほんとだ。何これ』
『誰が書いてんのさ』
『SOFだって』
『読めるの? リーダーってどれも電子機器じゃん』
『本だよ、本! 物語って意味じゃなくて、物質としての本!』
『本当に?』
『本だけに!』
『出版関連の会社団体から寄付があるんだって』
『あー、なるほどねー』
チャットのウィンドウはどんどん更新されるけれど、スグルはそれに書き込むこともないまま、書評を目で追っていた。
記事の最後に記名がある。『ナナカ・エガミ』それはかつてのクラスメイトだった。
『もしかして、商業じゃない本もある?』
ふと気づき、そこでやっとチャットに書き込むと、最初に情報をもたらしたシェルが、
『そうそう、ルーグルさん! そうなんだよー』
『そうってなんなんだよー』
『確かに、知らない作家もいるね』
『売ってるのはさりげにアフィリエイトリンク貼ってあるもんな』
重ねて他のメンバーも書き込むと、シェルは、
『寄付だからさ、何でもいいんだって。本じゃなくても紙に印刷して綴じてあれば』
『なーるーほーどー』
『それでここで話題にしたわけね』
『俺らでも、印刷して寄付すれば読んでもらえるわけか』
『投稿サイトとは客層が違うもんな。うまくすればアクセス数が稼げるかも』
『本を寄付した出版関係の人も見てるだろうし』
書き込みが一気に流れる。
それを読みながら、スグルも確かに、と考えていた。
スグルは小説投稿サイトに投稿したり、それを自力で書籍化し電子書店で販売している。個人でも販売できるのだけれど宣伝には限界があるし、出版社を通したものとは扱いも違う。投稿サイトもアクセス数に応じた報酬がもらえるけれど微々たるものだ。
いや、お金に困っているわけではない。作家ではないけれど今の仕事はうまくいっている。しかし、できることなら、商業作家になりたかった。子どものころからの夢である。
『俺、送ってみようかな』
スグルはチャットに書き込む。
『私も』
『印刷ってどうやんの?』
スグル以外のメンバーも同じ気持ちのようだった。
ナナカ・エガミは印象深いクラスメイトだった。身近に起こったSOFの事例というのももちろんあるけれど、それ以前から、気になる存在だったのだ。
スグルも子どものころから物語が好きだったけれど、彼女はスグルなど及ばないくらいだった。スグルは友だちに置いて行かれるのが嫌で、どれだけ続きが読みたい物語があっても、休み時間や放課後は校庭で遊んだりした。しかしナナカは休み時間もずっと何かを読んでいたし、何なら授業中も読んでいた。それで成績は悪くなく、隠して読む工夫はしており、授業妨害にもならないため、教師も半ば放置していた。
ナナカが保護施設に保護されたあと、彼女がいなくなったことでクラスの人間関係にさほど変化はなかった。彼女が独立していたからだ。孤立と表現する人もいるかもしれないけれど、必要があれば彼女は誰かと一緒に行動できたし、「孤立」の持つマイナスイメージは彼女には感じなかった。くぼみも出っ張りもない、どこともつながらないパズルのピースのようだった。しかし、間違いなく彼女はパズルの一ピース――教室を構成する一人で、読書するナナカの姿が教室のどこにも見えないのは、スグルにとって違和感だった。
ナナカが保護されてから、スグルの読書量は一気に増えたのだ。
***
新作映画の記者発表で、スグルは壇上にいた。
「クガワさん、今回は二十歳の役ですが、実年齢より一回りも下を演じることについてはいかがでしょうか」
「二十歳とは言っても、大企業の御曹司で経営にも関わり責任ある立場にいると思います。そういう意味では今の自分よりも『大人』であるかもしれません。……まあ、見た目は違和感ないのではないでしょうか? 喜ぶべきか嘆くべきか難しいところですが」
記者の質問にスグルが苦笑すると、笑いが起こる。スグルは童顔で、与えられる役はだいたいが実年齢より下だった。
「今回の映画は小説が原作ですが、その小説の元になった実話は、クガワさんの出身地だそうですね」
「はい。もう離れて十年以上経ちますが、ディーランサ星の都市パールハールは私の出身地です。撮影が本格化する前にスタッフの取材に同行させていただいて、SOF保護施設を訪れることになっています」
スグルの言葉に司会者が、
「その様子はメイキングとして、映画のスクリーン配信に先行して、一般向けオンライン配信が決定しております」
この辺りは決まっている流れだ。
大企業の御曹司とSOFの女性とのロマンスの実話を元にした小説『ドン・ラ・カージュ』。その映画の主役の一人――大企業の御曹司役にスグルは抜擢されたのだ。
脚本の担当で大学の演劇部に入ったけれど部員が足りず演者も兼任した結果、映画関係者の目に留まり、バイトとして始めたところ、いつの間にか俳優が職業になっていた。それで十年だ。今さら作家になりたいなどと公言できなくなっていた。
会見の話題は、もう一人の主役を務めるアイリーン・コマザワに移っている。
この話がいわゆるシンデレラストーリーであるため、大々的にオーディションを行って、多星域配信の作品で主役級を演じたことがない若手俳優を募った。その中で選ばれたのがアイリーンだ。審査員としてスグルも参加した。二十歳の彼女は子どものころから俳優を目指していたそうだ。
「やっとスタートラインに立てたという気持ちで、これからが本当に大切だと感じています。相手役のクガワさんはじめ、医師役のダンさん、父親役のジョンソンさんと……」
「コマザワさん、全員上げていったらキリがないですよ?」
緊張しているのかなとスグルがフォローすると、アイリーンは「あ! そうですよね!」と笑顔を見せる。それで会場は微笑ましい雰囲気に包まれた。
「共演者の皆さん全員が尊敬する先輩なので、必死でついていくつもりで、がんばりたいと思います!」
流されるようにここまで来たスグルは、キラキラした尊敬の瞳を向けられるたびに、なんとなく後ろめたかった。
***
映画撮影用の星――森だとか海だとか二十七世紀風の街並みだとかのよくあるセットがドームごとに用意された星で、世界には十個ほどある――で撮影するが、キーになる『鳥かご』は本物そっくりのものを借りたドームに建てるのだそうだ。
その『鳥かご』やSOF保護施設の取材、モデルになった人たちへのインタビューなど、もろもろをまとめて行うため、スタッフと一部のキャストでディーランサ星へ向かった。
スグルは大学進学で離れて以来、数回実家に帰ったきりだ。
スグルが暮らしていたころは、ディーランサ星はセントラルの宇宙港しかなかったのだが、今は四大都市全てに空港がある。パールハールのSOF保護施設にも空港があるため、一行はセントラルの宇宙港で手続きしたあとそのまま施設に向かった。
厳密には施設の空港ではなく、施設に隣接するミツバホテルの空港なのだそうだ。だから出迎えたのは、そのホテルの経営者ユート・ミツバだった。彼がスグルの役のモデルだった。
彼の会社が所属するミツバ・グループはパールハールの土地開発を行った企業だ。今でもパールハールの土地の四割はミツバの所有だ。同族企業のため会社イコール家のようなもので、パールハールの住人にとってミツバ一族は『領主様』だった。それを自分が演じる日がくるとは、なにやら感慨深い。それは自分だけではないようで、この役が発表されたあと、実家の両親の他、親戚や必修課程時代のクラスメイトなど、パールハールの知り合いから今までの比ではない数の連絡が来たのだ。
「お世話になります」
プロデューサーが代表で挨拶をする。
「事前にお伝えしていた通り、メイキングムービーの配信を予定していまして、カメラがずっと動いています。最終確認はもちろん行っていただきますが、撮影禁止の場所などがあれば事前に……」
ユート・ミツバはいかにも青年実業家といった風情で、堂々としたたたずまいだった。スグルは彼の立ち姿や動作を観察する。実話と脚本との間には原作小説があるし、映画と原作もまた別だ。しかし「青年実業家」「大企業の御曹司」のカテゴリーに属する人間として、参考にしない手はない。
ユートの隣りに立つ女性がマリエだろう。柔らかい雰囲気ではあるけれどしっかりと自分を持っていそうな、ありていに言えば『守ってもらうだけのお姫様』ではなさそうだった。小説でもユートに意見する場面があり、原作小説はけっこう実話に忠実なのかもしれない。
「クガワさん」
スタッフの一人に呼びかけられて、スグルは振り返る。
「手動運転の免許って持ってますか?」
「車? ああ、うん、あります」
「すみません、スタッフ皆、自動しか持っていなくて」
クラシックなトラックの荷台には取材班の荷物が積んである。宿泊と取材地は空港のあるホテル側ではなく保護施設の方だから、これからそちらまで移動しなくてはならない。
トラックの運転席に近づくと、二十歳くらいの青年がいた。ホテルの職員なのか時代モノの衣装のようなきっちりした服だ。ここは公爵邸に泊まるコンセプトのホテルだと聞いている。彼の無表情はいかにも『貴族の屋敷に仕える人間』らしい。
「申し訳ありません。施設の方には自動運転車もあるのですが、用意が行き届かず」
「いいえ、こちらの連絡不足が原因ですから」
無表情で謝罪するホテルの青年にスタッフは謝り返し、運転席に座ったスグルに聞く。
「わかりますか?」
「うーん、まあだいたい覚えていると思う」
いつだか、星開拓の話の映画を撮ったときに取った免許だ。
アクセル、ブレーキと確認してから、
「ウインカー、どれでしたっけ?」
スタッフに尋ねると、彼もわからないらしく、まだそこにいたホテルの青年に聞いた。
「わかりますか?」
「私は触れませんので」
「ああ、なるほど」
スグルがうなずくと、青年はかすかに口角を上げ、表情だけで笑顔を作った。
ナナカはそんな世界にいるのか。
***
滞在は一週間の予定だった。
初日は挨拶をして施設の中を見学した。
二日目は、アイリーンと一緒に、ユートとマリエと話をしたり、彼らの普段の様子を見学した。とはいえ、自分たちが演じるのは現在の彼らではない。
三日目と四日目は、スグルはユートの仕事を見学させてもらった。スグルは一般企業に勤めたことはないが、役柄としては何度もある。経営者は今までなかったので、興味深かった。しかも彼は『領主様のご子息』。生まれたときから特別なレールが用意された人生とは、どんな世界が見えるのだろう。
「おもしろいですね」
パールハールの本社からユートの自宅――保護施設隣接のホテルの敷地内にある――までの飛行機の中、書類からふと顔をあげてユートが言った。
「何がですか?」
「見学者は時々あるんですよ。子どもの社会見学から、メディアの取材まで」
「ええ」
「あなたは、私の仕事内容ではなくて、所作を見ていますよね」
彼は、少し大げさな手ぶりがやけに似合う。
「そうですね」
スグルは一度言葉を切った。
「私たちは、自分の動作で役の内面を伝えないといけないので」
スグルはナナカのことを誰にも話さなかった。ナナカに迷惑がかかるかもしれないと思ったのだ。
簡単にSOFと面会ができるとも思っていなかった。パールハールに来る前にも今生活している星の保護施設を見学させてもらったのだけれど、そちらでは面会は親族のみだったからだ。
スグルは、チャットルームでナナカの書評ブログを知ったあとすぐに自作を印刷して送った。原稿はペンネームだけれど、それとは別に本名でナナカへの手紙を入れた。それを送ったときはまだこの映画の話はなかった。三か月前だ。まだ自分の作品の評は上がっていない。寄付された本を全て読んで、全てに評を書くなど、ブログのどこにも書いていない――そももそ寄付を募る文言もない。自分の作品はおもしろくないから無視されたのかもしれないと、スグルはあきらめかけていた。
パールハールの保護施設は、SOFに比較的自由に面会できると知ったのは五日目だった。
施設を自由に歩いて良いという許可証を職員からもらった。もちろん居住棟など立ち入り禁止の場所もあるが、庭や鳥かごは出入り自由になった。誰にでも発行されるわけではなく「人柄を見て」だそうだ。いつどこで誰が判断したのかわからないが、ありがたい。それで、スグルは五日目は好きに歩き回ることにした。
庭はそれなりの密度で木が植えられている。郊外の公園と言った趣だろうか。地面もゆるやかに起伏があり、散歩に向いていた。木の向こうにはちらちらと鳥かごが見え隠れしている。自然とスグルの足は鳥かごに向かった。
鳥かごは正式名称を『共用屋外休憩室』という、個室扱いでこの中ではSOF範囲監視ロボットである『ガーディアン』なしですごせるのだそうだ。スグルはSOF役ではないため体験していないが、マリエ役のアイリーンは『ガーディアン』も体験したそうだ。どのくらい感情を表したらSOF範囲が規定を超えるのか実践してもらったと話していたときは表情が暗かった。
鳥かごは遠くからは大きな檻のように見えるが、近づくと金属製の柱と柱の間は広い。解放感があるとはいいがたいが、閉塞感も感じなかった。
中の大部分は畑だ。ディーランサ星のドームは四季の設定があり、今は冬だ。スグルにはよくわからない葉物野菜が植えられていた。
中央の道を歩く。広くなっている部分にベンチとテーブルがあり、誰かがいるようだった。
近づいていいものか迷って、スグルは足を止めた。
ベンチに座っていたのは女性で、読んでいた本から顔をあげて、こちらを見た。
ナナカだとわかった瞬間、スグルは思わず駆け寄ってしまった。
「エガミさん!」
「は? 誰?」
不審者を見る目で腰を浮かせるナナカに、スグルは慌てて立ち止まる。
「覚えてないかな、ないよね。スグル・クガワ。同じクラスだったんだけど」
「あ、あんた。こないだの」
そう返したのはナナカではなく、奥のベンチから立ち上がってナナカとスグルの間に入ってきた青年だった。到着時にミツバのホテルで会った彼だ。
「ユート役なんだってな。俺、映像見れないから俳優なんて全然顔知らなくてさ」
初対面時の無表情が一転快活に笑って話すからスグルは驚いた。それをどう解釈したのか、彼は、
「今日は休みだし、あんたホテルの客じゃないから、しゃべり方なんてどうでもいいだろ」
「ああ、別に構わないけれど」
「モトヤは外とこことで別人かってくらい違うからわかんないんじゃない?」
モトヤと呼ばれた彼に隠れるようにしてこちらを見るナナカが言った。
「そっちか」
モトヤは軽く言って、ナナカを振り返る。
「この人、悪い人じゃないと思うんだけど、ナナカさん、大丈夫? 知り合い?」
「たぶん」
うなずくナナカを見て、モトヤはナナカの隣りの椅子を引いた。それがあまりにも自然で思わず座ると、「茶飲むだろ? カップ取ってくるわ」と彼は走っていってしまった。
よく見ると、先ほどまでモトヤがいたテーブルには十代の少女がいた。ふわふわしたマフラーに埋もれるようにしてこちらを見ている。スグルは二人に、映画の取材に来ていることやユート役であることなど改めて説明した。
「映画? ここで撮影するの?」
ナナカが嫌そうに顔をしかめた。
「撮影は専用の星があるからそっちでやるよ。ここは取材だけ」
「ふうん、ならいいけど」
それだけでナナカは読書に戻った。あまりにも変わっていなくて笑ってしまいそうになる。
一方の少女――ベルタと名乗った――は、どうしたらいいのかわからないという困った表情でスグルとナナカを交互に見た。
スグルはベルタに微笑んで、「何読んでるの? 教科書?」と聞いた。彼女が「数学の」と返すのを遮って、ナナカが「ああ!」と大きな声を上げた。
「思い出した!」
ナナカはスグルを見て、
「あんた、寄せ書きに何読んでたのか教えろって書いた奴だ」
「そう、覚えててくれたんだ。……SOF範囲が天井まで届くなんてよっぽどおもしろい話だったんだろうなって思って気になって……常識外れだったって気づいたのは成長してからなんだ。気を悪くしたらごめん」
「いや、全然。あんなこと書いてたの一人だけだからさ。印象的」
ナナカは唇をゆがめるようにして、喉の奥で笑った。
それから「読んでた話は忘れた」と付け足した。
特別だぜと軽口をたたきながら、モトヤはとても洗練された所作で紅茶を淹れた。スグルは高級ホテルを訪れた客の役のつもりでそれを味わった。
それから、読書するナナカに構わずスグルは話しかけた。次にいつ会えるのかわからない。
「エガミさんの書評ブログ、見たよ」
「あーうん」
生返事のナナカの代わりに、モトヤがおもしろがるように笑った。
「今大変なんだよ、ナナカさん。なぜか本の寄付が大量に届いて、読み切れないんだって」
心当たりがありすぎる。
「寄付した本の書評を書いてくれるって作家志望のコミュニティで話題になってるんだ。だからいろんな人が送ってくるのかも」
「へーそんなのあるんだ」
「大変じゃないよ、別に。生活の心配もなくて本だけ読んで生きていけるのって、いいよね」
読書にならないと思ったのか、ナナカは本を閉じて伸びをした。彼女が読んでいたのは、きちんと製本して表紙がつけられた『本』だった。
「エガミさんも作家になりたかった?」
「作家? 別に」
「じゃあ、編集者とか?」
「全然」
「将来の夢ってなんだった?」
「んー、あのころ? 特に何もなかったんじゃない? 皆が皆『何者か』になりたいわけじゃないでしょ」
「一生、本読んでごろごろして暮らす、じゃねぇの?」
モトヤが茶化すと、ナナカは「それだったら叶ってるわ」と言ってにやりと笑った。
「エガミさんもってことは、クガワ君は作家になりたかったわけ?」
「ああ、うん。そう」
「俳優は?」
「流れで」
スグルが苦笑すると、ナナカは「流れって!」と呆れた顔をした。
「でも、ユートがほめてたぜ。なんだっけ。『仕事に対して真摯でプロとして信頼できる』とかって」
モトヤが言った。そんな風に評価されていたとは知らなかった。
「似てないなぁ」
ナナカがモトヤにため息を吐く。
「彼は仕事に対して真摯で、プロとして信頼できる」
スグルが青年実業家の役を演じると、「似てる」とベルタまで笑った。
***
それから三か月後、映画の撮影も佳境に入ったころに、ナナカの書評ブログにスグルの作品の評がアップされた。
『ルーグルさん、載ってたね』
いつもの作家志望者のチャットルームで、シェルがさっそく書き込んだ。
ナナカの評は、要約すると「悪くないけれど良くもない」だった。
『最後のあれ、なんだったの?』
別のメンバーが書き込む。
書評の最後に、二十年ほど前に流行った児童向けの冒険小説の名前が書いてあったのだ。彼女がSOFを発露したときに読んでいた物語だとすぐにわかった。
しかし、スグルはチャットにこう書き込んだのだ。
『なんだろう? よくわからないな』
終わり
彼女は鳥かごの中 葉原あきよ @oakiyo
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