第四章 新しい鳥かご(2)
カザマとのやりとりが撮影された動画が記事になったことは、ヨシカワが教えてくれた。印刷してもらった記事を読んで、マリエはもやもやとした気持ちを抱えた。結局、SOFを前面に出して同情を誘って、パンを売ることになってしまった。
それをなぐさめたのはルウコだった。
「きっかけなんて何でもいいのよ。最初は同情だって、おいしくなかったら一度で終わりでしょ。また買ってもらえるかどうかはマリエ次第じゃないの?」
「そうね。がんばらないとだめだよね」
「そうよ! 何年も経ったら、マリエがSOFだなんて誰も気にしなくなるわよ!」
記事がきっかけでマリエのパンを食べに来た客にも好評だとカオリから聞いていた。いつか「SOFが作ったパン」じゃなくて「ドン・ラ・カージュのパン」で選んでもらえるようになりたい。フジモトから資料を送ってもらって自家製酵母の勉強も始めよう。今はまだ『ミネヤマ』の従業員扱いだけれど、独立できるようになりたい。
決意を口にすると、ミドーも「がんばりましょう」と言ってくれた。彼は引き続きマリエの助手についてくれている。
ルウコのことでは、びっくりするようなことが起こった。
披露会から十日後、マリエに面会に来たエリーが、鳥かごでルウコに会ったときだった。
「お姉様!」
ルウコがエリーに言ったのだ。マリエが驚いていると、エリーはルウコを抱きしめた。「ごめんなさい」と泣きながら何度も謝る。その場にいたSOFのいつものメンバーは知らなかったけれど、施設職員のトウドウとヨシカワは知っていたようだった。
「ディーランサに旅行に来ていたときに、ルウコのSOFが発露して、父は妹をパールハールの保護施設に預けてしまったのです。眠らせればガーベルンドラーまで連れて帰れるのに」
再会の動揺が去って落ち着きを取り戻したエリーが説明するのに、ルウコも俯いて言う。
「ハカマダってお母様の旧姓なの。保護されて、気が付いたらもう一人ぼっちで……」
マリエは彼女の頭を撫でて、
「ルウコがガーベルンドラーの知事の娘だって広まったら、SOF保護運動のダニー・ウィングみたいに目立ってしまうって心配したんじゃない?」
「え……」
ルウコは顔を上げて、目を瞬いてマリエを見る。考えてもいなかったようだ。
「そうなのかな……」
「きっと、そうよ」
エリーもうなずいて、ベンチに座るルウコの前に膝をついた。両手を包み込んで握る。
「わたくし、ディーランサのSOF保護センターでお仕事をすることにしたのよ」
「え? お姉様が仕事なんて……お父様は反対なさらなかったの?」
「喧嘩してしまったわ」
上品に微笑むエリーに、ルウコは吹き出した。
「これからはいつでも会いに来れるわ」
「本当? それじゃあ、あたしが作ったイチゴが収穫できたら食べてくれる?」
「ええ、もちろんよ」
そう言って、年の離れた姉妹は再び抱き合っていた。
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