第四章 新しい鳥かご(1)

 披露会の翌々日。その動画を見つけたのはカオリだった。世界的にメジャーなパーソナル・ブロードキャスティング・サービスに投稿されたものだった。

 偶然映っていたのを編集したのだと思う。手前の人物はトリミングされているが、その肩越しにマリエとカザマが話していた。拡大したせいか少し画質が荒い。マリエのドレス姿をろくに褒められないままだったことを今さら思い出す。

 ガーディアンで撮影された映像と違って、カザマの正面からだったため、彼の口元はしっかり映っていた。音声は入っていなかったが、読唇術の心得のある誰かが、カザマのセリフを文字に起こしてコメント欄に書き込んでいた。おおよそヨシカワが推測した通りだった。

 カザマの発言に対して非難する書き込みが並ぶ。

 SOFに詳しい誰かが、倒れる前にマリエが数歩下がったことを「ガーディアンの睡眠ガスがかからないように離れたんだろう」と指摘すると、「ひどいことを言った相手すら気遣うとはまさに聖女」という流れができていた。映っているのが、以前大衆誌に書かれたユート・ミツバを助けた『SOFの聖女』だとばれているらしい。

 マリエの名前は出ていなかったけれど、カザマはかなり詳細に個人が特定されていた。彼は名前と顔を変えるでもしなければ、今後商売ができないのではないだろうか。もしかしたら、エリー・トワダの父親が娘を守るために手を回したのかもしれなかった。

 プライバシー侵害を盾に動画の削除を申請すべきかユートが迷っていた数時間の間に、またもや大衆誌に取り上げられてしまった。

 それはシライ博士が連絡してくれた。『M&Sクラフツ』の商品にも、マリエのパンにも言及されていて、披露会に来ていたのだとわかる。ユートは会わなかったが、博士は記者に挨拶されたそうだ。カザマとの動画を紹介して、「あのような暴言を浴びせられなければ彼女が倒れることはなかっただろう」と書いている。前の記事ほど同情を煽るものでもなく、かなり好意的な内容だった。

 そのおかげか、翌日には、『ミネヤマ』にマリエのパンについて問い合わせが殺到している、とカオリが教えてくれた。

 シライ博士とカオリ、ヨシカワとも相談して、動画も記事も黙認することに決めた。

 マリエが保護施設に無事帰りついたことは、ヨシカワが知らせてくれていた。もう落ち着いていて、以前と変わらずすごしているそうだ。それどころか、さっそくパンづくりで忙しくなっているらしい。

 披露会から二週間後、エリーに『M&Sクラフツ』の商品を説明する機会があった。そのときに、彼女からマリエに面会に行ったことを聞いた。

「すっかりお元気そうでしたわ。わたくし、ガーディアンの下でしかお話していなかったから、あんなに思いきりよく笑う方だって知らなくて、少し驚いてしまいました」

「そうですね、彼女の笑顔はいい」

 ユートがそう言って笑みを浮かべると、エリーは「まあ」と驚きをあらわにした。それから上品に微笑む。今にも「応援していますわ」と言いそうな顔だった。

 マリエに会いたいと思った。

 ずっと一緒にいてくれない人は恋人にはできないと彼女は言った。

 たとえずっと一緒にいることができなくても、ユートはマリエ以外を恋人にするつもりはない。そもそも前提が違うのだ。マリエが恋人になってくれるなら、どんな条件だってクリアしてみせる。

 彼女が絞り出すように言った「好き」という言葉を心に掲げて、ユートは半年以上かけて準備していた。それがもうすぐマリエに話せる段階を迎える。

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