第三章 鳥かごの外で(12)
何かが落ちる音が聞こえて振り返ると、マリエが倒れていた。ユートは慌てて駆け寄る。
「マリエ!」
マリエの横にガーディアンのシロフクロウが落ちていたから、SOFがセンサーの範囲を超えて眠らされたことはわかった。しかし、原因はなんだ。
入り口から出て行くカザマが目に留まる。非常口の電子キーの復旧を待つ間に話をしていたが、余計な世辞などを省けば、ただ単に彼は自分の会社を売り込もうとしていただけだった。媚を売ってすり寄ってくる人間は昔から多くいたため、ユートはあまり気にしていなかった。エリーと何があってマリエが関わることになったのか、それはまだ聞いていなかった。披露会の会場でマリエとカザマが話す機会はないだろうと高をくくっていたのだが、その結果がこれだろうか。
カザマを追う視線を遮って、ヨシカワが駆け込んで来た。彼がこれほど慌てているのは初めて見る。
「間に合わなかったか……」
マリエが倒れる前に控室を出ていたのだろう。彼はそう言って、マリエの横に膝をついて脈をとる。
「何があったかわかるか?」
ユートは小声でヨシカワに聞いた。ヨシカワはユートを見もせずに「あとで来てください」と言った。
「頭を打っていないだろうか」
「いえ、そういうことはないように効き目が調整されているんで。それに、マリエは範囲が超えるのを自覚していましたから」
ヨシカワはそう答えて、マリエを抱き上げようとした。ユートは彼を押しとどめ、
「俺がやる」
そう言ったユートに、ヨシカワはきつい視線を向けた。
「あなたにはあなたの役割があるでしょう」
有無を言わさずマリエを抱え上げると、ヨシカワは会場から出て行った。ユートはそのまま動けない。シライ博士がユートの前に落ちていたマリエのガーディアンを拾う。立ち上がりざまにユートの肩を軽く叩いた。
「娘がお騒がせして申し訳ありません。どうぞご歓談を続けてください」
シライ博士はガーディアンの足の辺りを探って、再起動させた。シロフクロウは大きな羽を広げ、博士の手から飛び立つ。一瞬も迷うことなく、入り口から出て行った。真っ直ぐにマリエを追いかけていけるのを、相手はロボットだというのに、うらやましく感じる。
「SOF向けの機器は、停止したあとの復帰が早いのが特徴なんですよ」
「本物そっくりだが、今のはロボットですよね?」
「ええ、実は、あのロボットの表情を作る機構には私の研究が使われていまして」
ガーディアンに興味を持った様子の客に、博士は話を振る。
この騒ぎに気づいたのは近くにいた客だけで、幸運なことにそれほど多くはなかった。ここまでのマリエの努力が無に帰さなければいいと心底願う。
ユートは軽く髪をかき上げる。カオリに目配せすると、彼女はすぐにこちらに来てくれた。二人で廊下に出る。
「マリエが倒れたんだが、その場にカザマがいたようなんだ」
「カザマ? エリーさんを連れ出そうとしてたっていう男?」
マリエのことは気づいていたらしくカオリは聞かなかった。
「連れ出そうとしていたのか! 俺は何があったのか知らないんだ。お前、聞いたんだろう?」
「マリエが知っている範囲でだけれど」
そう断ってカオリは、カザマが無理やりエリーを外に連れ出そうとしていたところに行き合ったマリエが、非常階段の電子キーを停止させて阻止したらしい、と話した。
「エリーさんはこのホテルに泊まっているんだ。念のため、様子を見てきてくれないか?」
「カザマは?」
「会場から出て行ったのは見た。ホテルから出たかどうか確認させる」
ユートは電話で支配人を呼び出し、カオリを案内するように指示した。安全のため、警備員も同行させる。マリエの部屋の前にも警備員を配備した。
「マリエのことも話して、カザマとの諍いの原因を聞いてくるわ」
カオリはそう請け負って、ユートの腕をばんっと叩いた。いつもなら顔をしかめる遠慮ない力加減が、今はありがたかった。
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