第三章 鳥かごの外で(13)

 ユートがヨシカワに話を聞けたのは、披露会が終わったあとだった。

 シライ博士、マリエの叔母のカナコ・ハマモト、カオリとエリーも一緒だ。部屋で寝ているマリエには、ハマモトが連れてきた美容師の女性がついていた。

 マリエの客室の隣を、保護施設関係者の控室にしていた。ガーディアンの映像を受け取る機器を入れ、何かあったときのための医療機器も揃えた。

 ヨシカワは、タッチパネルを操作し、マリエが倒れる前の映像をディスプレイに流す。やはり、マリエはカザマと話していたようだった。音声がないから何を話しているのかはわからない。マリエを斜め上から三六〇度ぐるぐると映している中に、カザマが一定間隔で登場する。その方向からでも、彼がマリエに敬意を持って接していないのはわかった。

「この男は?」

「ガーベルンドラーで貿易会社を経営している、カザマというそうです」

 シライ博士に答えてから、エリーに聞く。

「エリーさん、彼ともめていた理由をうかがってもよろしいでしょうか」

 ディスプレイを蒼白になって見ていたエリーは、映像が暗転して終わると顔を覆った。その直前、一瞬だけ、涙がたまった目でこちらを見上げるマリエが映ったときには、ユートも拳を握りしめた。先にエリーとカザマのことを聞いていたら。あのときマリエを一人にしなければ。後悔し始めるときりがなかった。

 ユートは披露会が終わる前に、カザマを同伴してきたというバナールルーウォン社のナナオに、カザマが泊まっているホテルを聞き出し、人をやって彼が戻っていることを確かめていた。ナナオは、頼まれたから連れてきただけでカザマのしたことは自分とは無関係だ、こちらも迷惑している、と言い訳しながら、ユートに謝罪した。

「カザマさんは、わたくしの元婚約者です」

 エリーが口を開き、ユートは我に返った。自分が質問したことすら忘れかけていた。

「半年ほど前に婚約を解消していただいたんですが、少し行き違いがあるようで……。今日は、ガーベルンドラーから私を追いかけて来たそうです」

「付き纏われているんですか? 警察には?」

「大げさにするほどではないんです。ガーベルンドラーに戻ったらお父様も一緒にお話しするつもりなので、それで解決すると思いますわ」

 カザマは権力には弱そうだったから、知事から言われたら大人しく引き下がるだろうとユートも思った。そもそもエリーが彼と婚約していたのが不思議でならないけれど、男女のことはわからないから、ユートは黙っておいた。

「ご迷惑おかけして申し訳ありません。マリエさんにもあとで謝らせてください」

「どうか顔を上げてください。あなたが悪いわけじゃない」

 シライ博士がエリーに声をかける。

「そうですわ。悪いのはあの男でしょう? 婚約解消して正解でしたわね。あなた、なんであんな男とお付き合いしてらしたの?」

「そうよ。私も聞きたかったの。だって、年もだいぶ違うんじゃない?」

 ユートがあえて尋ねなかったことを、ハマモトとカオリはずばり聞いてしまう。年の差に関してはカオリが言えることじゃないだろう。呆気に取られるユートをよそに、エリーは気を悪くした様子もなく、

「お友だちの紹介だったんですが、婚約するまではすごく優しい人でしたの。婚約して父に紹介してから、なんだか変わってしまって……」

「なるほどね。でも、婚約した時点で馬脚を現すなんて、ちょっと間抜けよね」

「確かにそうですけど、結婚する前で良かったですわよ」

 ユートには好き勝手言っているようにしか思えないのだが、エリーは慰めと受け取ったらしく礼を言った。

「ミツバのホテルで問題を起こして、パールハールで仕事ができるなんて彼も思っていないだろう」

 ユートが言うと、カオリも不敵に笑った。

「彼は、うちの系列レストランには出入り禁止ね。もちろん、ディーランサ全土でよ」

「今回の行程は全て報告することになっていたので、遅かれ早かれですが、保護センターにはもう連絡しておきました。彼が面会を申し込んでもセンターが許可しません。マリエがカザマに会うことは二度とないので、安心してください」

 最後に、ヨシカワが断言した。そう言われたシライ博士とハマモトは、ほっとしたように息をついた。

「どうもありがとう。マリエの味方は実に頼もしいな」

 博士が頭を下げた。ハマモトも感激した様子で博士に倣う。

 ユートはヨシカワを振り返った。

「カザマのことはいいとして、マリエが何を言われたかはわからないのか?」

「音声は入らないんですよ」

 ヨシカワが首を振ると、エリーが彼を怪訝そうに見た。それでユートは思い当たる。

「唇が読めるのか?」

「ああ、トワダ嬢にはマリエが話してましたね……」

「わかるなら教えてくれ」

 ヨシカワは難しい顔で、

「『SOFのくせに』とか、『お前なんか』とか、そのくらいしか読めませんよ」

「一度会場内に目を移したのはなんだろうか」

「さあ、視線の先までは映っていませんから」

 お手上げとばかりに両手を広げるヨシカワに、カオリが声を上げた。

「そういえば、私の方を見ていたような気がするわ。私がマリエが倒れたのに気づけたのは、先にそちらからの視線を感じたからよ」

「へぇ……カオリさんを……」

 ヨシカワはそう呟き考え込むように黙った。ユートはカオリに、

「カザマと面識があるのか?」

「まさか。今、映像を見て顔を知ったくらいよ。まあ、向こうは私のことを知っているでしょうけど」

「もしかしてパンの話なんじゃないかしら。レストランのことでカオリさんを見た、とか?」

 ハマモトが言う。ユートもカオリも「ああ」と声を上げる。

「それはありそうですね」

「パンのことを言われたらショックだろう」

「好評だったと聞いたが……」

 シライ博士が心配そうにカオリに聞く。

「ええ、その通りです。睡眠ガスの件も気にする人はいませんでしたわ。『ミネヤマ』で扱うことを告げたら皆さん喜んでくださいました」

「倒れてしまったことで影響はないだろうか」

「気づいていない人の方が多かったですし、きっと大丈夫だと思います」

 カオリはマリエが倒れてからエリーの元に行き会場には戻っていない。視線で尋ねられ、ユートもうなずいた。

「俺が見聞きした範囲では、睡眠ガスのパンへの影響を心配する声はなかったな」

 そこで、内線電話が鳴った。ヨシカワが取る。

「マリエが目を覚ましたそうです」

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