第三章 鳥かごの外で(10)
いくらか歩いたところで、エリーがマリエを振り返った。足を止めて、マリエが隣に並ぶのを待ってくれる。
「さっきはどうもありがとうございます。あなたが来てくれなかったらと思うと、本当に……」
カザマに掴まれていた腕をさする。彼女の顔がまた青くなるのを見て、マリエはおせっかいと思ったけれど言わずにはいられなかった。
「差支えなかったら、何があったのか話してもらえませんか? 話すことで落ち着くかもしれませんし、必要ならユートさんに伝えることもできますし」
そして、マリエは上を指差す。
「音声は拾っていないんですが、映像は送られているんです。今は特殊な環境なのでずっと見守られています。人に知られたくないことなら、口元を隠して話してください」
エリーはガーディアンを見て、難しい顔をした。
「あなたは話をしても平気なのですか? 眠らされてしまったりしないの?」
「大きく感情が動くことでなければ、話はできます。……あ、すみません。今は気持ちを抑えるようにしているので、お話聞いても的確な反応ができないかもしれないです」
「気持ちを抑える、ですか……」
「えっと、なるべく何も考えないようにって」
エリーがカザマとのいきさつを話してくれたとしてもこれじゃあまり役に立てそうにないと今さらながらに気づいた。
「すみません。伝言役くらいしかできそうにないですね」
「いいえ、お気遣いありがとうございます。でも、あなたの負担になりそうなので、今はやめておきましょう。彼が戻ってくる前にわたくしは失礼しますので、ユートさんにはお礼だけお伝えください」
「はい、わかりました」
ふんわりした優しげな笑みを浮かべるエリーに、マリエはわずかに笑みを返した。
大広間の入り口で落ち合ったカオリもエリーと顔見知りのようで、彼女がマリエと連れ立って来たのを見て不思議そうにした。今日のカオリは、落ち着いたグレーのドレスだった。大きな真珠のイアリングが光っている。
「エリーさん、お久しぶりね。いらしてたの?」
「ええ。でも、今日はもう失礼させていただこうと思っています」
「あら、残念だわ。パールハールにはいつまでいらっしゃるの? 時間があったら『ミネヤマ』にもご招待したいわ。マリエのパンは召し上がった?」
「もちろん。おいしかったですわ」
「本当ですか? ありがとうございます。そう言っていただけるとうれしいです」
「パンだけであんなに甘いなんて、初めてでしたわ」
そう話す二人を見比べて、カオリが聞く。
「エリーさんとマリエは、どこで知り合ったの?」
「先ほど、マリエさんには危ないところを助けてもらいましたの」
エリーが冗談めかして言うと、カオリは目を点にした。
「まあ、また? ……引きがいいというか、なんていうか」
カオリは呆れたように言う。
「マリエ、エリーさんはガーベルンドラーの知事のお嬢様よ」
「え? そうなんですか?」
ガーベルンドラーと言えば、ディーランサが属する星群の、隣の星群にある星だ。移民の歴史が古く人口が多いため、公的機関の支部も集まる、政治的に重要な星だった。そこの知事なら、この辺りの宇宙域では一二を争う政治家と言える。
「やっぱり、知らなかったのね」
「すみません、無知で」
「いいえ、有名なのは父だけですから」
エリーはそう言って、少し寂しげに笑った。しかしそれは一瞬で、カオリやマリエが何か言う前に、エリーは上品な笑顔を浮かべ直す。
「わたくし、このホテルに泊まっているんですの。パールハールにはもうしばらく滞在する予定なので、また改めて」
カオリにそう約束をして、エリーは去って行った。
それを見送って、カオリが尋ねた。
「ユートとは会わなかったの?」
「それが……」
そこでマリエは、ユートの伝言と一緒に、エリーとカザマのことを話す。カオリは驚いたり眉をひそめたりしながら聞いていた。
「ガーベルンドラーのカザマ氏ね。私も気にしておくわ。エリーさんにはあとで私からいきさつを聞いておくから、あなたは心配しないで」
「はい、よろしくお願いします」
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