第三章 鳥かごの外で(3)
食事会が行われたのは十一月だった。ドームの気温も秋から冬に変わっていく途中で、鳥かごですごすときには上着が必要になってきていた。もっと暖かかったら鳥かごのテーブルでも良かったのだけれど、食事会は調理棟の食堂で開催した。他のSOFは別の機会に譲ってもらって、今日はマリエの関係者だけだ。
父も手伝いたがったので、前日から泊まり込んで協力してもらうことにした。昔からマリエがどうしてもできないことは父がやってくれた。そうして二人で料理をするのも懐かしかった。父と一緒に来たユートは気を使ってくれたのか、調理場には来なかった。
ユートと父で作った電子部品を使わない道具の会社の名前が『M&Sクラフツ』なったこと。商品を売り出す目処が立ち、三月に披露会を開くこと。自転車だけではなく、ガスコンロや石窯オーブン、手動洗濯機なども売ることにしたこと。パールハールの家での暮らし。以前勤めていた大学に非常勤で戻ること。
料理をしながら取り留めなく父は話した。
マリエも、他のSOFと菓子を焼いたことや畑の土づくりのことなどを話した。
夏までにマリエが作った野菜は、元々施設で育てる予定で予算が組まれていたものだった。それを職員の代わりにマリエが育てた体裁だ。けれど、予算外の苗や肥料、料理の材料などは、父に資金を出してもらっていた。父には感謝してもし足りない。
バザーのピクルスの売り上げは全て施設に納められている。チヅルのレースも、今まではバザーで売る名目で材料費を施設に出してもらっていたらしい。それが、叔母の店で売るようになってから、その売り上げで材料を買うことができるようになった。バザー向けの作品は今まで通りだけれど、それ以外は材料を選ぶところから自由にできるようになったそうだ。マリエもできればそうなりたい。
今日の材料はカオリが選んできてくれた。三ツ星レストラン御用達の野菜や肉なのだ。費用はユートが出してくれた。招待客に出させるのもどうかと思ったけれど「俺のわがままで君に作らせているんだから、そのくらい当然だ」と押し切られてしまった。
できあがった料理を父と手分けしてテーブルに並べる。父のリクエストは、ローストビーフ、グラタン、根菜の煮物、ちらしずし。それぞれ父が好きな料理だったけれど、まとめて並べると節操がなかった。それに、サラダとパン、デザートにプリンを作った。パンはカオリに楽しみにしていると言われたこともあって、気合いを入れて、プチバゲットやリュスティック、カンパーニュを焼いた。バターが多いソフトなパンより、こういったハードなパンの方がマリエは好きだった。
大皿に盛った料理を好きに取り分けてもらうことにしたから、マリエも席につく。
食堂の大きなテーブルには、マリエと父と叔母、ユートとカオリ、それからトウドウとヨシカワもいた。
ユートの手土産の高級そうな赤ワインを開ける。
「まあ、おいしいわね!」
パンを一口食べたカオリが声を上げた。
「本当ですか? 取り扱えないのが残念なくらい?」
以前の話を思い出してマリエは冗談で聞く。するとカオリは真剣な顔で返した。
「ええ。そうね」
慎重に探るように咀嚼して、
「何が違うのかしら。材料は私が用意したものよね?」
「はい」
「発酵はどうしてるの?」
「今日はいっぱい焼いたんで、バゲットとカンパーニュは一晩管理棟の冷蔵庫に入れてもらって、リュスティックは湯煎で。二次発酵も常温と湯煎でそれぞれ」
「そうよね、発酵器は無理よね。それが違うのかしら。あとで石窯を見せてもらえる?」
マリエは笑顔でうなずく。販売が無理だとしても、興味を持ってもらえて良かった。何よりもおいしいと言ってもらえたことがうれしかった。
「マリエの味ね」
「懐かしいな」
叔母と言い合ってから、父は薄く切ったカンパーニュにサラダとローストビーフを挟む。
「お父さん、これから仕事ってわけでもないんだから、サンドイッチにしないでよ」
「いや、これがおいしいんだよ」
「それじゃあ、俺も」
ユートも真似して、結局皆でサンドイッチにしていた。
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