第三章 鳥かごの外で(1)

 カオリのおかげで、バザーのピクルスの売り上げは上々だった。カオリは月に一度くらいのペースで遊びに来てくれた。他の農場で獲れたオーガニック野菜や、農法に関する文献を印刷したものを持って来てくれた。もらった野菜は本当においしくて、マリエはカオリの言ったことが実感として納得できた。今はもらった文献を参考に土づくりに取り掛かっている。一年二年でどうにかなることではなさそうだけれど、他にすることがあるわけでもないのだから気長にやればいいと思っていた。

 ユートは、あのあとも変わらず会いに来てくれた。好きだと言ったことなんて本当になかったようにふるまう彼を、マリエはときどき痛みをこらえながら、でも大部分はほっとする思いで迎えた。

 シャルメルボン郊外のシライ家から調理器具が運ばれて来たのは十月だった。

 マリエは居住棟の空き部屋が使えたらと思っていたのに、皆で食べる場所が必要だと言って、ユートは鳥かごの隣に調理場と食堂を備えた建物を建ててしまった。それぞれが個室の三倍くらいの広さの部屋で、鳥かごには遠く及ばないけれど、居住棟の個室よりは自由がある。

 鳥かごでお茶を飲むのに、今まではトウドウやヨシカワに頼んで管理棟から持ってきてもらっていたけれど、これからはここで自分で湯を沸かせる。設置したばかりのコンロでマリエが湯を沸かすのを、ユートは興味深そうに見ていた。

「ここを捻ると、ガスの量が調節できるんです」

「火力がそのまま温度に繋がるのか。では、調理時間は?」

「目で見るとか少し食べてみるとか、そうやって出来上がったかどうか確認します。……あとは、そうですね。単純に時間を計るだけなら、砂時計を使ったりもします」

「ああ、これは実用品なのか」

 小さな一分計から、三分計、十分計、三十分と六十分を測れる大きなものまであって、そこまで正確ではないけれど目安にはなる。その一つをひっくり返して、ユートは感心したように言った。

 ユートには言わなかったけれど、マリエは数分なら道具を使わずにかなりの精度で時間を計れた。暗算も得意だ。こういう生活に必要な能力は何度も練習したおかげで、他のSOFよりもマリエは格段に高かった。保護施設では電子機器から遠ざけるのが基本で、代替の方法を訓練させることはない。あくまで保護で、SOFの自立支援は施設の目的ではないからだ。道具を整えて、訓練してくれた父にマリエは感謝している。

 ユートと一緒に来た父が、シライ家で飲んでいた茶葉を持ってきてくれて、マリエは久しぶりに自分で紅茶を淹れた。菓子を焼く時間はないから、これも父が持ってきたクッキーを並べる。

「私一人じゃ食べないからな。あのとき家にあったものなんだ。湿気っていたらすまん」

「えっ、半年以上前のじゃない」

「半年……」

 父が絶句したように繰り返すから、マリエも何も言えなくなる。そんなに経ったのかとも思うし、まだ半年なのかとも思える。

「この三人でお茶を飲んでいるのが不思議ですね」

 黙ってしまった親子に向かって、ユートが朗らかに言った。

「全く、その通りだ」

 父が笑う。クッキーを一口齧って、「やはり湿気っているな」と言った。

「あのとき、君が犯人を蹴り飛ばしたのには驚いたよ。マリエがSOFだってのが嘘だったらとは考えなかったのか?」

 父はいつの間にかユートに丁寧語を使うのをやめていた。こうしてユートと話している様子を見るのは、幼いころ、自宅に学生を招いて話をしていたときの父を思い出して、マリエはうれしかった。

「嘘には思えませんでした。それにこちらも我慢の限界でしたし、目の前の女性を守らなくてはとも思いました。まあ、騙されるのがかわいい女の子なら、しかたないでしょう?」

「はははっ、そりゃあ、ディーランサ史に語り継がれるだろうね」

 あまり聞いていたい話じゃなくて、マリエは話題を変えた。

「そんなことより、お父さん、食事会のとき、何が食べたい?」

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