第二章 風に乗る羽の一枚(3)

 チヅルが編んだレースを送ると、叔母のカナコ・ハマモトは直接訪ねてきた。カナコは父の妹で、パールハールでオートクチュールのメゾンを開いていた。デザイナーではなく経営者だ。

 以前のことをマリエは知らないけれど、鳥かごのおかげで面会しやすくなったと聞いた。鳥かごを面会場所として申請したおかげで、毎回センターに許可を得なくてよくなったらしい。事前連絡なしにやって来ても、施設の判断で、相手の状態が良ければすぐに面会できる。それで父も何度か来てくれていた。

 鳥かごの真ん中のベンチで、久しぶりに会った叔母に保護されてから今までのことを簡単に話した。

「心配したけれど、あまり変わっていないみたいで安心したわ」

「この鳥かごのおかげ」

「鳥かごねぇ……」

 天井の骨組みを見上げ、その言葉を繰り返し、叔母は苦笑した。

 叔母とマリエの話が一段落したころに、トウドウと一緒にチヅルが今までの作品を持って来た。それを見て、叔母は感嘆のため息をついた。

「素晴らしいわ」

「でしょう?」

 特に反応しないチヅルの代わりというわけではないけれど、マリエは身を乗り出す。

「手紙でも書いたけれど、バザーに出すのに値段をいくらにしたらいいのかわからなくて、叔母さんに相談したいの」

「バザーってどこで?」

「セントラルのSOF保護センターです。年に一度の政府のイベントなんですよ」

 叔母の疑問にトウドウが答える。

「政府ねぇ……。それじゃあもったいないわぁ」

 叔母は考えながら、レースをいくつか選ぶ。

「これと、これと……この辺の小さいものはバザーに出したらいいわね」

 取り分けたものをトウドウに渡しながら、値段の目安を言う。

「残りのは?」

 凝ったレースばかりが叔母の手元に残っている。

「これは私が買い取ります」

 そう言って提示した値段は、バザー用のレースの金額よりもずいぶん高かった。

「本当はそちらのバザー用だってもっと高くてもいいのよ。でも、セントラルだとパールハールとは客層が違うし、バザーだしねぇ」

 驚くマリエとトウドウに叔母はそう言って、チヅルに向き直る。

「チヅルさんのレースは、きちんと作品として扱われるべきものよ。手づくりでここまで精緻なものって今は滅多にないわ。やっぱり、機械の均一な編み目と違って、手で編むと表情が出るのよね。……それで相談なんだけれど、今後、あなたが作ったレースをうちのお店で優先的に販売させてもらえないかしら?」

 チヅルは何度かぱちぱちと瞬きしてから、小さくうなずいた。

「ありがとう。良かったわ」

 そして、トウドウを見て、「施設としては問題ないでしょうか?」と聞く。

「あとで確認してみますが、大丈夫だと思います」

「それなら、バザーに出すときには、パールハールの『メゾン・ハマモト』で販売している作品を特別にお安く出品しています、って感じの注意書きを入れてください」

「ええ、わかりました」

「そうそう、何かブランド名があるといいんですけど」

 叔母はそう言ってチヅルを見た。チヅルは首を傾げてから、マリエの腕にそっと触れると小声で言った。

「考えて」

「私がつけていいの?」

 こくんとうなずく。

 マリエは、チヅルの手を握り返して、

「それじゃあ、『ドン・ラ・カージュ』は?」

「鳥かごの中?」

 驚いた様子で聞き返す叔母に、マリエは、ぐるっと周りを見渡す。

「だって、ねぇ。そうでしょう?」

 野菜も作れる巨大な鳥かご。この中でだけは自由だ。

 ふっと空気が抜けるような音がした。視線を向けると、チヅルの唇が緩く弧を描いている。彼女の笑顔をマリエは初めて見た。

「それがいい」

 そう言うチヅルにマリエは思わず抱きついてしまい、彼女が固まったのがわかって、慌てて離れた。チヅルが目を丸くしているのを見て、マリエは笑みがこぼれる。彼女の両手をぎゅっと握って軽く振った。

「まぁ、仲良しだこと」

 叔母は笑ってから、

「『ドン・ラ・カージュ』ね。ロゴやパッケージのデザインは任せてもらっていいかしら? あとで契約書を作るわね」

「はい」

「こんな感じのつけ襟を、植物モチーフでいくつか編める?」

 うなずくチヅルの視線は、いつもの手応えのない空気のようなものではなく、きちんと相手に向かい合っているように思えた。

 マリエは、外に対して働きかけができるチヅルをうらやましく思った。

「私の野菜も売れたらいいのに」

 そうつぶやくと、叔母がこちらを見た。

「あなたが助けたミツバのご令息に聞いてみたら? ホテル業なんだから食品関係には詳しいんじゃない?」

「うーん、そうだろうけど……というか他にあてはないんだけど、あんまり頼るのもどうかなって」

 鳥かごと父の道具の商品化で、もう十分世話になっている。

「相談するくらいいいんじゃない?」

「そうよ。今度来たら聞いてみたら?」

 ためらうマリエに、叔母とトウドウが言う。二人から言われてマリエはひとまずうなずいたものの、そもそもユートが来るかどうかもわからないのだ。前回の面会から二週間と少し経つ。少し冷たくも見える瞳と偉そうな態度で、でもこちらの話を真摯に聞いてくれる様子が心に浮かぶと、会いたいなと自然に思った。

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