第一章 鳥かごの中にある自由(2)

「彼女の状態によっては面会できない可能性もありますからね」

「わかっている」

「保護センターも、保護されてすぐの面会はいつもなら許可なんて出さないくせに。ミツバだからって、特別扱いにもほどがある」

 階段を上りながら、案内する二十代後半の男性医師は気が進まない様子を隠そうともしなかった。背の高い身体を猫背に丸め、白衣のポケットに両手をつっこんで歩く。彼がそんな態度だったからユートは丁寧な言葉遣いを早々にやめてしまっていた。

 ユートは彼に反論せず、黙ってあとに続いた。ユートの実家に勝手に配慮したのは保護センターなのだが、そうなることを織り込んで許可を求めたのは確かだった。

 星ID「一一〇九六」、名称はディーランサ。火山星リンドウや古代文明の遺跡らしきものがあるフキアゲといった観光星が集まる一帯で、唯一着陸できる星として、リゾート産業が盛んだ。

 今から七十六年前の三一四一年に、この星の開拓を請け負った四つの企業のうちの一つが『ミツバ・グループ』で、そのディーランサ担当の会社の現社長はユートの父親だ。土地開発、住居や商業施設の建設から管理運営、ホテル経営などの観光産業が主だ。ちなみに、グループの現トップは伯父だった。

「特にここはパールハールの管轄ですからね」

 タダヒロ・ヨシカワと名乗った医師は、二階の廊下を進みながら、ちらりとこちらを見る。

「あなたは領主のご令息ってことだ」

 言われ慣れた嫌味を、ユートは無言で聞き流した。

 ミツバ、クロヤ、サクラ、ヒシダの四大企業は四大公爵と揶揄されることもある。それぞれ開拓を受け持った都市――パールハール、カドランダ、ネルネバード、ミルガーヌーグ――を本拠地にしている。現在でもパールハール周辺の土地の四割はミツバの所有だった。四大都市と、宇宙港と星庁舎を抱えるセントラルの五つがディーランサの中心都市だ。

 ここは、パールハールから車で一日ほど離れたところにあるSOF保護施設だった。SOF保護センターは星または星群ごとにあり、SOF保護施設は地域ごとに設置されている。保護施設にSOFが暮らし、それを統括管理するのがセンターだった。保護センターの上には保護機構があり、世界共通のルールを布いている。

 ディーランサでは保護施設は四大都市に一つずつある。管轄といっても施設の性質上、都市からは距離をとって作られている。セントラルとパールハール間がハイウェイ――高架で最短距離を走る大都市間直通の自動車専用道路――で三時間なのを考えると、道の良し悪しもあるが、相当遠い。

 ユートは、爆弾犯から助けてくれたマリエ・シライに面会に来たのだ。

 あれから一ヶ月近く経っていた。本当はもっと早く来たかったのだが、自由に出歩くことを許されなかった。今もユートの後ろには護衛が一人ついて来ている。

「ここが彼女の部屋です」

 ヨシカワは一つのドアの前で立ち止まった。

「彼女は、俺のことを何か言っていただろうか?」

「いいえ」

 短く答えたヨシカワの顔は、思いのほか険しい。そうしていると確かに医者なのだと思わせる迫力があった。

 二階の廊下には等間隔でドアが並んでいる。殺風景な白い引き戸の脇には壁から金属の棒が突き出していて、各部屋ごとに違う鳥が休んでいた。ヨシカワの前のドアには、手のひらに乗るくらいの灰色の小鳥が止まっていた。それは、他の部屋のリアルな鳥とは違い、安っぽいプラモデルのようなロボットだった。

 ユートの視線の先を見て、ヨシカワがため息をつく。

「ガーディアンの鳥はSOFが選べるんですよ」

「これは彼女が選んだのか?」

「まさか。まだそんな会話すらできないんです」

 そう言ってから、ヨシカワはドアを叩く。

「どうです?」

「変わらないわ」

 中からドアを開けた中年の女性職員は、ヨシカワに答えてからユートに気づき、首を傾げた。

「どなたですか?」

「ユート・ミツバです。マリエさんに会いに来ました。センターには許可をもらっています」

 ユートは軽く頭を下げる。

「え、マリエの保護のきっかけの?」

 彼女は眉をひそめて、抗議するようにヨシカワを見た。

「いいの?」

「様子を見て決めようと思ってたけど、今なら彼女は認識できないでしょ」

「まあそうだけど……」

 女性はちらりとユートを見る。ヨシカワは喉の奥で笑った。

「思い知ればいい」

「はぁ……あなたねぇ……全くもう……」

 女性は大げさに嘆息して、ヨシカワは肩をすくめた。

 置いてけぼりにされたユートは、空咳をする。

「それで? 面会はできるんですか?」

 女性はユートに向き直り、ドアを全開にして一歩避けた。

「どうぞ」

 中は病室のようだった。正面にある窓のカーテンは閉められていて、天井のライトは絞られているため薄暗い。一方の壁に、手洗いなのかドアが一つ。ベッドとチェスト、小さな机と椅子。広くない室内はそれだけで一杯だった。

 部屋の大部分を占めるベッドに、マリエはいた。ヘッドボードにクッションをあて、寄りかかっている。白い簡素な寝間着にストールをかけ、ほどいたままの髪が肩を流れている。ユートより二つ年下の十八歳だと聞いたが、ライトの陰影のせいか、うつむいた横顔はずっと年上にも見えた。

 ユートはゆっくりと近づいた。

「マリエさん、先日はありがとう」

 声をかけたけれど、マリエは顔を上げてはくれない。

「ユート・ミツバです」

 血の気の引いた頬に、少し開いた唇は白っぽく乾いている。手元に視線を落とした目は半分閉じていた。

「あの、マリエさん?」

 反応がないことに困り、ユートは振り返る。女性職員がベッドの端に腰かけ、マリエの肩に手を載せた。

「マリエ」

 呼ばれて初めてこちらを見たマリエに、ユートは息を飲んだ。表情が抜け落ちた顔、虚ろな双眸には何も映っていないようだった。事件現場で微笑んだ彼女はどこにもいなかった。

 言葉が出てこないユートにヨシカワが声をかける。

「話は外で」

「あ、ああ」

 ユートはマリエに一礼して、踵を返す。

 廊下に出て、ドアの閉まる音を背後で聞いたとき、思わずほっと息をついた。そして、ユートはそんな自分に嫌悪を覚えた。


「SOFについて、どの程度知ってますか?」

 二階の階段ホールにあるソファに座り、ヨシカワは聞いた。

「電子機器を止めてしまう体質だ、と。それは感情が影響しているとか」

「ええ」

 壊すわけではなく止めてしまうだけだ。強制終了が致命的になる機器でなければ、SOF体質の人間から離して電源を入れ直せばまた使える。

 ヨシカワは白衣のポケットに両手をつっこんでだらしなく背もたれに寄りかかり、天井を仰ぐ。

「SOF研究機構ができて百二十四年――六十二年前の保護運動で変わって、今は保護機構ですが――、ずっと研究は続けられてきたわけです。調べられることは全部調べて、特に異常は認められないというのが現時点でわかっている全てです。人体の組成にSOFという新しい指標が加わったという認識ですね。陰性だと正常、陽性だと異常。陽性の割合は〇.〇〇〇一パーセントにも満たない数値です。この測定方法はまだなく、SOFが発露するかどうかでしか判断できません」

 数字まですらすらと口にするヨシカワに、ユートは彼に対する認識を改める。

「陽性だと施設に保護されるんだろう?」

「そうですね。至るところ電子機器だらけですから。生命に関わるものもありますし、ツェザーブン号の悲劇を例に出すまでもなく、SOFで止められてしまっては困るわけです」

 百年ほど前に起こった「ツェザーブン号の悲劇」は、ユートでも知っている。宇宙船内でSOFが発露し大事故になった。以来、宇宙船にはSOFセンサーと睡眠ガス発射装置の設置が義務付けられている。

 知識を試したわけではなかったようで、質問しなかったユートの表情を確認することもなく、ヨシカワは続ける。

「SOF体質は十二歳くらいまでに発露するのが一般的です。父親から聴取したところ、彼女も十歳で発露した。それで、父親は隠れ住むことにしたようです」

 確かに、シライ家は周りに何もなかった。爆弾犯に連れられての道程は思い出したくもないが、パールハールの近くの小都市シャルメルボンからルート――都市・施設等のドーム間を繋ぐ自動車専用道路――を通り、途中で私道に逸れて、さらに二日は走った。個人の家としてはありえない広さの敷地で、あれならSOFが発揮されても気づかれることはないだろう。

「あんな事件がなければ、保護されることはなかったということか?」

「でしょうね」

 ヨシカワは姿勢を正すと、ユートを真っ直ぐに見た。

「保護施設では個室を超えない範囲のSOFは見逃されています。個室の外、施設の敷地内では、ガーディアンの鳥の飛ぶ範囲です。だいたい両手を広げたくらいですね。その範囲を超えてSOFが発揮された場合は睡眠ガスで眠らせます。眠っていてもSOFは消えませんが、機械に直接触れなければ問題ないレベルまで下がりますから」

 ヨシカワは一度言葉を切る。

「SOFの範囲は、本人の感情の振れ幅に呼応しています」

 ただうなずくだけのユートに、ヨシカワは強い視線を向けた。

「わかります? 微笑むくらいなら範囲内で収まるけれど、爆笑したら範囲を超えてしまって、すぐに眠らされる――そういうことですよ? 笑う、泣く、怒る……そんな当たり前のことが許されていないんです」

 事件現場で見たマリエの、怯えた表情や微笑み、父親に抱きついて泣いていた様子が頭に浮かぶ。

「シライ家は彼女のために作られていて、生活空間には電子機器が何もありませんでした。彼女はここよりもずっと自由に暮らすことができていたわけです」

「ああ……」

 ユートが彼女の自由を奪ったのか。

「別に責めているわけではありませんよ。あの事件は、あなただって被害者だ」

「……わかっている」

 気軽に会いたいなどと言ったことを、彼は非難したいのだろう。

 ヨシカワは幾分視線を和らげると、

「それに、彼女が特別というわけではありません。保護されてきたばかりの人はたいてい気持ちが不安定で、SOF範囲が個室を超えることが続きます。検査も必要で、食事も取らなくてはならない。ずっと眠らせておいても落ち着くわけではないですし、安定剤を使って様子を見ながら環境に慣れてもらうんです」

「今の彼女は、その段階というわけか?」

「そうですね。ただ、彼女はなかなか落ち着かないようで……難しいところです」

 そこでヨシカワは舌打ちをする。

「警察が問答無用でいきなり眠らせて連れてきたりせずに、きちんと心の準備する時間を取ってくれてたらここまでひどくはならなかったのに。あれだけ広ければ、どれだけ泣いたってゲートにもライフラインにも影響なかったでしょう」

 ユートを追いかけて救出に尽力してくれた警部の顔を思い出す。確かにあのときは通信機器も使えなくなって、かなり焦っていたようだった。

「シライ家に行ったのか」

「ええ。父親に会いに」

「その父親にここに来てもらうわけにはいかないのか?」

 ユートの提案に、ヨシカワは首を振る。

「言ったでしょう。感情の振れ幅が問題なんです。父親に会えなくて悲しいと思うとSOF範囲は広がりますが、会えてうれしいと感じても広がるんですよ」

 ユートは何も言えずにうなだれる。

「時間が解決するのを待つしかないでしょうね。安定剤を使わずにすむようになったら、ご連絡しますよ」

「ああ、よろしく頼む」

「でも、そのときはもう彼女に会わせることはできませんよ?」

「どうしてだ?」

「こうなるきっかけになったあなたに会って、心穏やかでいられると思います? 当たり前でしょ」

 ますます返す言葉もない。ヨシカワは、話は終わりだとばかりに、膝を叩いて立ち上がった。

「あなたがもし彼女に申し訳なく思ってるなら、この施設に寄付でもしてくださいよ」

「それはもちろん、そうさせてもらう」

「それから、シライ博士の発明品を量産してくれると助かりますね」

「発明品? マリエの父親は工学博士だったか……」

 ユートも気になって調べたのだ。マリエの父、マサアキ・シライは八年前に隠棲するまでパールハールの大学で教鞭をとっていた。ロボット工学が専門でいくつか特許も持っている。大学関係者には、妻が他界したため大学を辞めて都市を離れたと思われていた。

 ヨシカワは猫背に戻り、立ち上がったユートを斜めに見る。

「シライ家には電子部品を使わない道具がたくさんありました。マリエのために作ったんでしょうね。この施設にあったら便利だろうと思ったんですが、譲ってくれとは、さすがに僕も言いだせなかった」

 ヨシカワは唇を歪めるようにして笑う。

「セレブが好きそうなアンティーク風でしたよ。ディーランサ土産にしたら売れるんじゃないですか?」

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