第37話星屑ロンリネス
「ってゆーかさ、君、さっき水族館で飲んでたよね?生」
ダンプが左に曲がりきるのを待ちながら、思い出したように声を裏返して聞いてきた。
「そうだね、最初からハイボールにしようかと思ったんだけど、ちょうどタイミングよく
サーバーの洗浄を終えたところだったのが見えたから、ついつい。」
後頭部をぽりぽり掻きながら言い訳。
「よく見てるよね。関心するわ。」
ずっと前を遮られて多少はストレスを感じていたのか、アクセルを踏み込んだ。
「でぇ、さっきは何が悲しかったの?」
「んー、悲しいってわけじゃないけど、感動したっていうか。」
「イルカショー?」
「うん、うまく言えないんだけど・・・。」
一本目のラガーを空け、握りつぶして床にほうって、もう1本を袋から取り出す。
美沙に買ってやったオレンジジュースのペットボトルを忘れていた。
ふたをひねって緩めてやり、差し出してやると何も言わずに受け取り、一口飲んでからドリンクホルダーに差した。
「人間様を喜ばせるために、がんばってるんだなって思うとね、もう駄目なんよ。
ほら、君が前、盲導犬の話をしたときに泣いてたじゃない?」
「ほぇー、いつ?」
「いつだったかは覚えてないけれど、犬はこれでの人類史上、ずっと人間の勝手なように扱われてきたんだ、
でもそれでも盲導犬というやつは、それでも人間様のために仕えているわけで、とかなんとか言って泣いたんじゃない。」
言っていること自体に心当たりがないわけではなかった。
何を隠そう、その言葉はわたしが大好きだった愛犬家で知られる某元プロ野球選手の言であり、
感銘をうけたわたしは、毎年、ほんのわずかながら、盲導犬協会へ寄付もしている。
でもそんなこと誰にも話したことはないはずで、語ったこともないはずだったのに。
「そんなこともあったかねー。」
他人事を装い知らんふり、二本目のラガーをあおる。
「君の盲導犬に対する愛と、わたしのイルカに対する愛が一緒だっていうことよ。」
「そんなもんかねー。」
「わたしも犬も好きよ?君、これからどうするのよ?もう島之内へは帰れないんでしょ?
だったら、わたしの家に引っ越してくればいいじゃない?」
思わずプッと噴出してしまいそうになる、飲み干したあとでよかった。
「そしたらさ?犬飼おうよー?」
口元が笑ってるが目はマジだ。信号待ちで停まってるのをいいことに、わたしの顔を覗き込んでくる。
怖い。
うーんとか、おーんとか適当な返事をしながらあいまいに誤魔化す。
何かBGMがほしい。
「途中に、イエローバックスだか、オートハットだかがあったら寄ってー。」
信号が変わりなかなか発進しなかったものだから後ろのBMWがクラクション、
わたしは後ろを振り向き、中指を突きたてようとするのをまたも制されるかたち。
「もう!本当にそういうのやめたほうがいいよー。」
「他府県ナンバーの観光者風情だからって馬鹿にしてやがるんだ。ここは毅然とした態度をしめしてやらんと。」
「誰がプロボックスで観光なんかすんのよ?」
「プロボックスにご不満でも?」
「だって、音楽聴けないからつまんないーー。」
「ほんとそれ!だから、カー用品屋でブルートゥースのトランスミッターを買うんだよ。」
「それはナイスアイディアね。」
破顔して同意してくれる。
「ねー?」
「ん?なに?」
真っ直ぐ前を向いて真剣な顔に戻っている。
「つぎ、信号で停まったらチューして。」
「へっ、」
またも顔をほころばせ、
「どういうタイミングなのよ?ぜんぜんわかんない。」
良いともだめとも言ってくれない。
あきらめて、カーナビを操作して現在地周辺のカー用品店を検索する。
「あるある!8号線に入ったら割りとすぐにあるわ!」
「ここに行く」はタッチしない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます