第20話女は畑、男は種、大豆は畑の牛肉
「頭がくらくらします。」
ふーっと煙を換気扇の軸めがけて吐く。
軸にぶつかったそれは、方々へ散ろうとするが敢えなく羽の中に吸い込まれていく。
羽に取り込まれない猛者の登場に期待し、三回戦まで執り行ったが、大方の予想に反せず、羽の完勝。
オッズ配当は1.1倍なら美味いが、おそらく元返しが関の山、胴元だけが美味い、
賭けた者には勝者なし、おもんな。
Cabo de Buena Esperanza を出た時点でタバコは切らしており、
途中で購めるのをすっかり忘れていていた。
「美味しい?よかったね。」
炊事場に立ち、灰皿は売るほどある空き缶の1個に半分ほど水を入れた即席、
わたしの正面から抱きついて、抱っこちゃん人形状態の臼井氏、
火が当たらないように注意しながら久方ぶりの煙を嗜む。
左手にタバコをはさみ、右手でバドワイザーのプルタブを引き、ぷしゅっと開栓、あおる。
よく冷えて美味い。
タバコと酒の物資調達、結句わたしは外出を許されず、近所の酒屋の配達を頼んだ。
比較的よく利用するらしく、運んできた比較的若いらしい男の店員と軽く世間話をしていた。
「さっきの店員に靴見られたんじゃない?」
乾いて笑う。
「あー、ちらっと見てたような気がするわね。」
「よく頼むの?」
「うん、水とかお米とか重いものをね。」
「しかし便利な世の中だこと。スマホがひとつあれば、家から出ないでも暮らしていける。」
聞いてるのかいないのか、抱っこちゃん人形がわたしの胸のあたりに頭をこすりつけてくる。
即席の灰皿に吸殻を投入し、じゅっと音を立て消化したのを確認。
自由になった左手で、抱っこちゃんの髪を撫で付ける。
黒黒としてツヤツヤの髪、
「ずっとこのままがいい。どこにも行かないで、用があればスマホで呼べばなんだって家まで届く。」
「ほしいと思えば、24歳のちゃんねーもね。」
バドワイザーを一気に半分まで飲み干した。
「やっぱり若い子が好きなんでしょ?」
「だからね?温かいきつねうどんばっかりじゃダメなんだよ?たまにはコシ抑え目のつけ汁肉うどんとかさ、
こう幅広く楽しまないとだね。」
言って聞かせるのお手本みたいに、言って聞かせた。
「女は畑、男は種ね。」
ほき捨てるように抱っこちゃんはわたしから離れ、スキップしてトイレに消えた。
半分空いたバドワイザーを持ち、居間へ戻ると50インチの大型テレビが
ルーリード (Perfect Day)、マークレントンが薬の多量摂取により救急搬送されるシーン、
炊事場へ戻り、冷蔵庫からもう1本とってきてテーブルの上にセットしてから、ソファーに深く潜った。
テーブルの上の5千円札、昼飯の出前、酒とタバコの配達、いずれもこれで払うように差し出したのだが、
佐知子は頑として受け取らず、2度テーブルの上に戻された。
本当に金目当てでしか寄ってこない男が嫌なのであれば、こうした慣習はあらためるべきであり、あらためないということは、
それを好しとしているのかもしれない。
いや、あるいは先刻、意外とモテるなぞおどけたのも、自信の無さの裏返しか?
抱っこちゃんがスキップではなく普通に歩いて戻ってきた。
「ねぇ、いまおれ、まっすぐ歩けないと思う。」
「え?そりゃあそうでしょ、それだけ呑んでれば。わけないわね。」
「ちがうんだ、そうじゃなくて、たまにあることなんだけど、射精した衝撃で真っ直ぐ歩けなくなることが。」
魂まで抜かれてしまうような究極的な快感、そのあとにはかならずよたよたとしか歩けなくなる。
20人に一回くらいあるかないかのやつ。
立ち上がって証明してみせようとしたが、またも抱きついてきた。
胸に埋めた顔を10cm離して背伸びして、キスをせがむかたち。
首に手をまわして、ぶらさがり抱っこちゃん人形、くんずほぐれつ、互いの唇を貪り合ってから、
「じゃあ、それ証明してよ。わたしもう復活したから続きぃー。」
わたしの手を引き、仕切りが取っ払われている向こうのベッドまで。
わたしは未だ復活していないんだが・・・。
心の中にとどめて抵抗せずに、仰向けに寝た。
「ねぇ、お願いの条件のことだけど。」
早くもパンツを床に脱捨ててる臼井氏。
「今はわたし忙しいのよ、あとにしてくれる?」
言ってわたしの上に跨ってくる。
「リモコンとって?」
「なんでよ?」
めんどくさそうに前髪をかきあげて不機嫌になる。
「トレインスポッティング、ゲミルのゴールシーンが観たい。」
「もうっ、」
言って立ち上がり、居間に戻ってテレビをこっちに回転させ、リモコンを持って戻ってくる。
「おかえり。」
リモコンを受け取り、受信口へ向けてキャプチャーを3つ戻した。
準備は整った。
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