第19話水沢うどん
「はぁー、お腹いっぱい!もう無理。ふー、」
言って佐知子は、両手を組み頭の上に乗せたまま、ソファーへ深く潜る。
「どれも美味かったね。」
Cabo de Buena Esperanza をチェックトアウトしたのは9時過ぎ、それからもう帰るつもりだったのだが、
「わたしは未だ一滴も呑んでいない。」不機嫌になり拗ねる臼井氏に無理やり強引なかたちでつき合わされ、
こんな時間から酒盛りできる店は無い、それを口実にD県に戻って臼井邸に上がりこんだ。
10時頃から酒盛りを始めたのだが、途中、昼過ぎに腹が減ったと言い、近所の中華屋から出前をとった。
あんかけカニレタスチャーハン、きくらげと豚肉の卵炒め、餃子3人前、エビチリに、回鍋肉。
よく冷えたチリ産の赤ワインで流し込んだのだ。
特に卵炒めは卵がふわふわして美味かった。
言ったわたしは、すっと立ちあがり、背もたれの上に放り投げてある半パンを手繰って履こうとする。
「どこ行くのよ?」
上目遣い、黒目がちの潤んだ瞳、不安そうに訊いてくる。
「タバコ。家の中は禁煙じゃろ?」
佐知子の方は見ず、ソファの上のハンガーフックに吊るされたシャツに手を伸ばす。
ガバッとわたしの両脚に抱きつき、羽交い絞めにしてきた。
意表をつかれたかたちとなり、わたしはよろめき、壁に両手をつくかたちでなんとか踏みとどまった。
「タバコなら、換気扇の下で吸ってくれたらいいから。お願い行かないで。」
羽交い絞めにしている両腕の窪みに顔をうずめるかたちで下を向いたまま、
黒髪の後頭部のあたりを撫で付ける。
「ダメなんだ、タバコ切らしてる。それに酒ももうないじゃろ?」
「じゃろってどこの言葉よ、いけずぅ。」
言ってわたしの両脚を解放してくれる。
再度仕切りなおし、ソファーへ浅く座る。
下を向いたままの佐知子の両頬に手をやり
ゆっくり顔をあげさせ、水平に保たれたところで右手で頭頂部を撫で付けながら、
左手は首根っこを優しく抱き寄せ、キスしてやった。
「んっ、」
桃色吐息。
そのままソファーに押し倒し、都合3度目の交わり。
もはやわたしの性欲の箍は決壊してしまったようだ。
はじめて後ろから攻めてみた。
タバコが吸いたい、タバコが吸いたい、心の中で唱え懇願しつつ、ソファーの肘掛に両手をつかせながら。
抱きつき、背中におぶられるようにしたり、真っ白い肌、変なデキモのひとつない背中に頬擦りしたりしながら。
尻を、痛くないが、派手に音が鳴るように注意して2、3度叩いた。
すると音に反応して
「はずかしいっ!!」
叫びながら先に佐知子が果ててしまった。
「んー、もう無理、壊れちゃう。」
力なくつぶやく。
痙攣させながらわたしから離れ、肘掛に付いた手を離し倒れこむようにして床に跪いてしまう。
床に手をつき、手のささえだけ、肩でしている息が荒い。
わたしはソファーに浅く座りなおし、先刻の佐知子のポーズを真似、組んだ両手を頭に乗せてみた。
佐知子がかえって来るのを待ち、また4割ほどあがった自分の息も整える。
太ももの上に頬ずりするかたちで、横目に見上げながら、
「やっぱり男盛りの30代、20代の荒々しさが好いと思ったこともあるけれど、年季が違うわ。」
「にじゆうだい?」
声が裏返りそうになり、咳払い。
「そうよ?こう見えて、若い子にはモテるのよ?まぁ、九分九厘これ目当てでしょうけど。」
右手でお金を現すOKサインをつくる。
「君は?年上と年下、どっちが好き?」
首を斜めにかしげるようにして、表情を覗き込んでくる。
のど仏のあたりに強烈な視線、
「好いも悪いもないでしょう。たとえばうどん。」
「うどん?」
黒目がちの目のなかに「?」が充満しているのをみとめた。
「本場四国の、もちもちしてコシの強いのもあれば、どこかしらないけど、細くてコシをあえて
抑えめにしたようなのも、ありますよね?でも結局のところ、どちらもうどんであることに変わりはなく、
ぼくは、うどんが好きなので、どっちの個性も個性として美味しくいただくだけ。
そういうことです。」
きっぱりと言う。
「凍えそうな2月の真冬に、きりっと冷えたぶっかけうどんが急に食べたくなるようこともあるし、
35度の猛暑日に、汗をかきながら食べるきつねうどんさえも悪くない。
うどんを愛し過ぎていて、今日うどんを食べることができる喜びが先に立ってしまう、
四国のもの以外うどんじゃねぇ、なんて狭量な考えだと、美味しいうどんにめぐり合うチャンスを
自分でつぶしてしまうことになるでしょ?
そんな感じですかね。」
「ふーん、わかったようなわらかないような、女性とは、うどんである。か、
けどごめんね、途中だったのに。」
言ってわたしのそれを握ろうと手を伸ばしてくるのを、手を掴んで制止する、
「未だ、独占契約を結んだ覚えがないです。」
乾いて笑い、
「あっ、ねぇ、佐知子さん、例のお願いの件ですけど、条件が1個思いつきました。」
「えっ、やっと聞いてくれる気になったの?」
言って床から腰をあげ、わたしの隣に浅く座り、潤んだ瞳を向けてくる。
「今後定期的に、佐知子うどんが食べたい。」
「えっ、」
戸惑いの声、
「あー、君勘違いしてる?君とこうなったのは、別にお願いを聞いてほしくてなったわけじゃないのよ?
君曰く、神が降臨したんでしょ?
逢ったときから気になってたこと、言って無かったわね?」
軽く頷く
「君のその立派な、のど仏。」
のど仏?軽く上を向き、顎を突き出すかたちで撫でてみたが、特にそれが立派とは思わない。
佐知子も手を伸ばして撫でてきた。
ぞわっとして身震い。
「これがどうかしましたか?」
「知らない?のど仏が立派な男性は、あちらの方も立派という定説。」
「いやー、初めて聞きましたね。
ほら、鼻が立派だと、あっちも立派というのは聞いたことがあるけれど。」
「それはね。」
顔をしかめて残念そうに首をふり、
「でもね、やつらはそのモノだけに頼りきってて、ぜんぜんダメなのよ。
でかけりゃぁ、それで満足するんだろ?みたいな上から目線、最悪だわ。
でかいのも痛いだけで苦痛なのよ?」
そこで言葉を切り、わたしのそれを指さして、
「ちょうどいい大きさ、それにね、この立派なカリが引っかかってすごいのよ。
わたしの定説はね、そのものではなく、この立派なカリと、のど仏の大きさが比例するってこと。」
ほめられてるのか、慰められているのかよくわからん、
「ふーん、そんなもんなんですか?」
あー、タバコが吸いたい。
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