第18話コイの三軒茶屋航路
わたしは南多梨十奈(りそな)と大型客船に乗っていた。
電車のインバーターのような可変パルス音が響き渡り心地が良い。
ぐんぐん加速、時速40マイルくらいは出ているか、想像以上に速い。
デッキから遠ざかる街並みとさよならする。
船内アナウンス、
毎度ご乗船くださり、誠にありがとうございます。
この船は、次に三軒茶屋に寄港します。
三軒茶屋を出港しますと、次の寄港地は、
なんかしらん、耳慣れない地名を2つ3つ言い、
終着、パリ・シャルルドゴールでございます。
シャ、シャ、シャルルドゴールですと?!!
なお、次の三軒茶屋では乗船客扱いのみとなります。
下船はできません。
ご注意ください。
シャルルドゴール?三軒茶屋?
そんな航路あったっけ?
慌ててスマホを引っ張りだし、ググろうとするがダメ、電波がない、Wi-Fiも。
三軒茶屋経由、シャルルドゴール、どんな航路なんだろう、気になって仕方ない。
困惑するわたしを尻目に、梨十奈は笑ってるだけ、何も答えてくれない。
またアナウンス、
順調に航海できますと、パリシャルルドゴールへは明朝6時頃の入港を予定しております。
えっ!意外と近い!
どんな航路なんだろう?
ただそれだけが気になる。
パチンっ、わたしのアキレス腱が鳴った。
夢だ、やっぱり夢だった。
夢の続きが気になって、スマホでググってみたけどもちろんない、シャルルドゴール航路なんてない!!
覚醒した。
こみあげる尿意、いまにも漏れそう、ベッドを這い出て立ち上がるが、足元が覚束ない。
ここがどこなのかも、記憶が定かでない。
すぐにソファーに腰掛けた、状況を整理する必要がある。
大脳新皮質の奥がうずく。
痛み止めがほしい。
でも今日は持ってきていないはずだった。
なんで持って家を出なかったのか、そう、わたしは島之内の自宅ではなく、西海石美沙の家から、
信楽へ走り、臼井佐知子と現地内覧会終わりのながれで、ここにやってきたのだった。
記憶の糸を手繰り寄せ、1個1個がパズルのピースみたいにはまってきた。
そう、トイレ。
信じられないくらいの量を放出した。
全身の水分量の半分くらいは流出したのではないかと思える。
リビングスペースへ、よたよた歩きのまま踵を返す。
壁のプロジェクターが、何かの映画を投影している。
「何かお飲み物でも、お持ちいたしましょうか」(客室乗務員)
すると朝倉が「ワイン」と、ぽっつりと言う。
客室乗務員「何がよろしいですか」訊く。
「ジュブレ・シャンベルタン。2001年の。僕の友人のナポレオンが愛用してたやつ」。
「はぁ?」
「ねえ、ジュピターには何時につくんだ?木星には何時につくんだよ。木星には何時につくんだ。木星には」
画面がエンドロールに切り替わった。
蘇る金狼、そのラストシーン。
見始めた記憶がないことから、再生したのはわたしではないはず。
久々に最初から観たい気もして、リモコンを繰り、「最初から再生」を押した。
佐知子は未だ寝ているらしく、左側のベッドのほうから、すやすや寝息が聞こえる。
起こしてしまわないように、消音モードにして、スクリーンを睨む。
酒が飲みたい、ガラステーブルの上に放置されたまま温くなりきった酎ハイを開け、あおる。
わたしがこの映画に始めて触れたのは、それこそ2001年くらいのことだったと思うが、
それから20回くらいはDVDをレンタルして観た。
そのたびに思うことは、世の中の根本的な構造というのは、この映画が封切られた1979年のころから
あまり変わっていないんだな、ということと、風吹ジュンが生涯で最も輝いていたであろう時代を観ることができるから
ついつい何度も観てしまうのだ。
美人の標本みたいに綺麗だ。
タバコが吸いたくなり、空き缶やら食べたあとの食器などでとっ散らかったテーブルの下のほうから、
金のデュポンのライターを弄って、火を点す。
テーブルの上に戻そうとして、手からするりと抜け落ち、床に落下した。
大理石風の床にカチン、と甲高い音が響いてしまい、ベッドでおとなしくしていた臼井氏がうめき声のようなものをあげだした。
慌てて、クリスタル風の灰皿に点けたばかりのそれを押しつぶして、こちらへ背中を向ける臼井氏めがけてダイブするように、
ベッドへ。
「起こしちゃった?」
耳元で囁き、肩までの真っ直ぐな黒髪を撫で付けた。
ぞわっとするように身震い、振り向きざまのキスの求めにおうじ、人柱、上と下の唇を顎で愛撫してから、
舌を口内へしのばせ、舌を絡ませてから、歯の裏まで丁寧に舌で愛撫した。
また、ぞわっとして身震い、全身を此方へ向き直らせる。
わたしは15cm分、後ろに身を引くかたちで値踏みでもするように佐知子の顔をじろじろと見やる。
黒目がちの潤んだ瞳、とがりめの顎、
ふたたび、耳元で「美人だ」と囁き、耳を舐めた。
みたび、ぞわっとして身震いしながら、顔をゆがませて笑う。
「仕返しよ。」
言いながら、わたしを仰向けに寝かせ、腕をバンザイのかたちに押えつけてきた。
わたしの腹に跨るように、馬乗りになり、顔を近づけて耳元で「お願い聞いてくれる?」
「何かね?」
さも不機嫌そうに吐くなり、耳元から顔を離し、仰向けで天井を眺めるしかないわたしの顔の上から、
覗き込んでくる。
「お願い聞くか聞かないかを聞いてるの。」
まな板の鯉、堪忍して「いいよ、わかった、聞く。」
「ほんと?じゃあもう1回しよ。」言ってにっこり笑い、わたしの唇に唇を重ねてきた。
今何時なんだろう?
分厚い遮光カーテンで閉ざされ、外の様子を伺いしることができない。
突如、顔を離してから、
「ねぇ君、枯れ草みたいな匂いする。」
言って耳を舐め、匂いをクンクン嗅いでくる。
今度はわたしがぞわっとして身震いした。
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