第15話牛挽き肉とシナモンの揚げない春巻き

「それで?お願いの件だけれど聞いてくれる気になった?」


デザートにでてきたバニラのジェラートを口へ運びながら、潤んだ目、若干上目遣い。


「どうしてそれをぼくに聞いてほしいと思うんです?

会って未だ、3時間も経っていないと思いますけど。」


「んー、このアイス、バニラのツブツブが入っていて美味しいわね。」


先んじて完食していたわたしは、エスプレッソをブラックですすっている。

臼井氏はさきにおなじようにブラックのまま、エスプレッソに手をつけてから、ジェラートの順、

わたしは猫舌であり、熱いのは苦手。

たしかにバニラビーンズの粒がしっかりと残っていて美味かった。

出来合いのものではなく、おそらく自家製とみえた。


「ねぇ、佐知子さん、信じるか信じないかは別として、コーヒーをどうやって飲むか、

つまり、ブラックなのか、砂糖もミルクもたっぷりなのか、それによってそのひとの性格がわかる

みたいなやつ、知ってますか?」


「なにそれ?知らないわ。君もたしか、ブラックで飲んだわね?いま。」


「はい、正確には性格というわけではないけど、他人への依存度とかかわりがあるとかないとか。

英国か米国か、なんたらフォード大学の研究チームの成果でわかったって言ってましたけど。」


「で?ブラックだとどうなの?」

最後の塊を口に入れてから、スプーンをきれいに舐め、ふたたび、上目遣い。


「砂糖もミルクもたっぷり派が、一番依存度は高いらしいです。

つぎに砂糖のみ、ミルクのみ、ブラックの順。ねぇ、タバコを吸ってもいいですか?」

最近には珍しく、分煙もされていない店内。

すべて食べ終わるのを待ってから訊いてみた。

全部で、15組ほどが座れるキャパがあるだろうか。

客の入りは7割程度、結構流行っている。


モッツァレラとトマトと生ハムを前菜にとり、渡り蟹のトマトクリームパスタ、マルゲリータを

ほぼ、臼井氏ひとりで平らげた。

わたしはグランデサイズのデキャンタで、お任せの赤ワインをおかわりまでした。


オイルサーディンとバーニャカウダー、それに牛挽き肉とシナモンの揚げない春巻きなる、

初物を肴にいただいた。

オイルサーディーンが温めてあって美味かった。

初物も、シナモンを苦にしないひとなら、大丈夫だ、たぶん。

変わった味だったので、臼井氏にも勧めたのだが、シナモンがダメだと言った。


ワインは、普通だった。わたしはチリ産の辛口が好みなのだ。

タバコの煙を天井に向けて吐いた。


「気ぃ遣わなくってもいいのに。わたしも昔は吸っていたし。」

なんとなくそんな風にみえない、清純そうなイメージ。


「ほー、それは意外ですね。」


「で?その統計によれば、わたしは他人に対する依存度が低いらしいという結果については?」


「そんな風に見えなくもないですね。」


「会って3時間もしないうちに、謎のお願いを持ち出してもね?」

乾いて笑う。


慌ててかぶりをふり、

「統計は統計であって、それをそのまま鵜呑みにするようなものではないでしょう。

ねぇ、知ってましたか?占いも一種の統計学なんです。

統計を鵜呑みにするから世の中ややこしくなるんです。

統計は傾向をつかむための道具に過ぎないってことを、なんでみんなわかろうとしないんでしょうね。」


気にするなと言われてもやはり、吸わないひとの前では上に吐いてしまう。

横に吐けば、風に煽れてかかってしまうかもしれないし、上なら下降気流でないかぎりは、

風に乗ってどっかに流れていくような気がするから。


「話が逸れましたが、きっとそれはぼくにしかできないお願いなんでしょ?

それがぼくを今日の内覧会という口実のもと、おびき寄せた、失礼お招きに預かった理由でもある。

ちがいますか?」


どうかしら、という風に首をかしげ、潤んだ瞳をむけてくる。


「ねぇ、会ったときから気になっていたことがあるんですけど。」

そこで言葉を切り、もう一息天井に向けて吐いて、灰皿でもみ消した。


「臼井さん、いつも目が潤んでますよね?それはドライアイ対策で目薬が手放せないからですか?」


「あっ、これ?流涙症なのよ。」

言って思い出したかのように、COACHのハンドバッグからハンケチを弄って出し、目元を軽くぬぐった。


「わたしも1個、気になってること。」

人差し指を立てわたしの顔へ向けてくる。


「ぼくはドライアイで目薬が手放せないから、逆にうらやましいくらいなんですが。

気になってること?なんです?」


「月と太陽のようね。わたしたち。気になってることは今は内緒よ。」

にっこり笑うが、目じりには皺がない。


「ねぇ、そのお願い、もしかりにぼくが一旦は聞き入れて、やっぱりそれはできないと思って、

どこかに飛ぶようなことがあったら?」


「そのときは、汁碗の裏に桃太郎侍を忍ばせてでも探し出し、履行させるわ。」

パルプフィクションにそんなセリフがあった気がする。

マーセルスウォレスを真似たつもりで、低く言ったのだろう。


「こちらから、オプションとして条件をつけるようなことは可能なのですかね?」


「オプション?まぁ、内容にもよると思うけれど、3つくらいまでならいいわよ。」


「了解しました。」


「じゃ、行きますか?」

わたしの返事もろくに訊かず、すっと立ってキャッシャーまですたすたと行ってしまう。

慌ててボディーバッグを肩からさげ、後を追った。

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