第14話芋はロックに限る、それ以外認めない

「懐かしい~~。」


スピーカーからは、小柳ゆき-愛情


どこで観るかは未だ決まってはいない、トレインスポッティングと、パルプフィクションを観たいと所望した臼井氏だったが、

パルプフィクションがあいにくレンタル中で、蘇る金狼が観たいと言って借りた。

郵送返却で。


「もう何年前なんでしょうね?」


数えようとしてもわたしの大脳新皮質が悲鳴をあげ、ダメだった。


華麗にスルーし、

「さ、行きましょうぞ。」

行ってセレクターレバーをDに入れた。


「ねぇ、君に大事なお願いがあるんだけれど聞いてくれるかな?」


わたしのほうは見ずに、前かがみで右から来る車列が途切れるのを待ちながら。


「お願い?なんだか悪い予感しかしませんが?なんです?」


「ううん、ちがうの、お願いを聞いてくれるかどうかを聞いてるの。聞いてくれるとなったら、

詳しく話すわ。」


「聞かないと言ったら?」


「その場合は、わたしにも考えてることがある。」


「ヒントもくれないんでしょうね?」

やっと車列が途切れたかと思ったら、左から無灯火の自転車、慌てることなくやり過ごし、

アクセルを踏み込み、最右車線に入り、右折レーンへすすむ。

左折、直進のみ青の矢印信号、前のAMG G63 の尻にぴたりと噛り付くかたちで停まり、

わたしの右の頬のあたりに、焼きつくような激しい視線を照射してくる。

負けへんで。

頬をさするようにして、防戦。


「このベンツ、ボディーカラーは何色っていうんですかね?にび色ですか?」


「にび色と言えなくもないわね。でもマッドブラックとかなんとか。」

艶なし、というか故意に極限まで艶を消した黒、斬新で悪くないとは思うが、


「おそらく手入れが大変で、こまめに洗車しないと土埃がたまりそうですね。」


「洗車のことを気にかけるようなひとは、乗らないんじゃないかしら?

わたしは、これの艶ありの白に乗ってるのよ。」


「おー、」

思わず驚きの声をあげてしまう。

「じゃあ、これは社用車ですか?」

人差し指を下に向けて訊く、


「なんで?」

言ったところで、信号が右の青に変わって、にび色の後を必死に食らいついていく、

交差点に進入しかけたところで、黄色に変わるがかまわず踏み込む、

間に合った。


「あっ、いや、名刺を積んでるみたいだったから。」


「わたしみたいな仕事だと、いつなんどきでも名刺は切らしてますってことがないように、

アーマーゲーにも積んでるよ?」

AMGをドイツ語読みで、アーマーゲーと言った。


「でも、これも、アーマーゲーも名義はわたしだけど、半分は経費で落としてるよ。」

出たっ!個人事業主の伝家の宝刀、経費!!


「へぇー、でもベンツでしかも、ゲレンデみたいな道楽主義の車に経費が認められるんですか?」


「道楽とは失礼ね?大事なお客様をお乗せするのに、これ以上ない頑丈さ、どこがいけないのよ?」

小市民の抗議など意に介さない、


「右ですか?左ですか?」


「ハンドル?左だよ。」


「さすが、よくおわかりで。

最近では、左ハンドルの外車なんて芋が乗るもんだっていう風潮がありますけれど、元々、世界の主流は

右側通行で、左ハンドルがスタンダードなんです。

だから、右側通行の国で生まれた車を、わざわざハンドル位置付け替えて持ってきたものなんて、そっちのほうが

よっぽど芋なんじゃないかって思いますね。

乗りたいなら左で、多少の不便を我慢してこそ、だと思いますけどね。」



「あー、君、結構古いんだね。

最近はね、イタリア車なんかでも、右ハンドル専用設計だから、ペダルの位置が

おかしかったりするようなこともないのよ?」


「そんなことは知ってます、でももっと根源的な問題で、古いとか新しいとかじゃないと思いますけどね?」


「でぇ、さっき、問題がどうとか言ってたけど、あれは何だったの?」


急な話題転換、思わず「あーっ、」と。

忘れかけていたが、

「ぼくのワー子ちゃんです。ワーゲンのワー子ちゃん。ひとり置いてきぼりを食らってるかわいそうなワー子ちゃん。」


コンビニへ放置したままだ。

いくら来客が少ないからとて、そうそう何時間も停めてはおけない。


「ふふ、車に女性名詞を持ってくる君のセンス、悪くないわぁ。」

不敵な笑い、

「君が明日の朝にでも、ぬけぬけとコンビニに顔を出せば、洗車してピカピカになったワー子ちゃんが

冴えない顔の君をお出迎えしてくれることでしょう。」

予言めいた物言いをする。

自動車の本場ドイツでは男性名詞、イタリアフランススペインあたりだと女性名詞らしい。

でもなんとなく、わたしのワーゲンは女性っぽい。

だからかわいがりがいがある。


「どういうことです?」


何を隠そう、あのコンビニの土地の大家は、京滋リアルエステート販売、そう、臼井佐知子そのひとだったのだ。

田畑しかない田舎に、突如として新名神高速が開通し、インターまで出来た。

持て余された広大な土地は、大規模な倉庫や工場の建設計画にもってこい、でも150坪程度の中途半端な広さでは

どうにもならない。


捨てる神あれば拾う神あり、インターのすぐそばという立地から、コンビニからの出店計画が引く手数多、

でも性根が、地元密着を標榜しているだけあり、コンビニなんかをおっ立てれば、地元で細々と商売をしている店が

風前の灯にさらされる、だから頑なに断り続けたのだが、近くで自動車修理工を営んでいた、佐知子と昔から付き合いのある爺が

隠居後の収入源に、フランチャイズオーナーをすると聞き、泣く泣く土地を貸しているのだと言った。

それに地元の商売なんてもう、その随分前から後継問題が噴出しており、いまさらコンビニができたところで

影響はないし、むしろコンビニのひとつでもわが町にやってくればそれはそれは便利になるし歓迎の意向だ聞き、

根負けしたのだという。


「さっき、君がレンタル屋でエロDVDのコーナーに消えていったあと、オーナーに電話しといたのよ。

おんぼろのワーゲンがおたくの駐車場にお邪魔しているけど、放っておいてあげてって。

何なら洗車してワックスのひとつもかけておこうかって言ったけど、それはさすがに丁重にお断りしたわ。」

得意げに種を明かしてくれる。

どうしたらいいんだろう?


「それはそれはお気遣いをどうもどうも。

ありがとうございます。」

言って最後の1本となった酎ハイを飲み干してしまう、


「ねぇ、佐知子さん、ラブホとかモーテルみたいなものってなんで高速のインターの近くに集まるんですかね?

高速をドライブしているカップルが、急にむらむらしてしまって駆け込んでくる需要が意外と多いんですかね?」


遠くに山、その手前に高速の高架、その手前に妖しく光を放つ、明らかに周りから浮いた一帯が見えてきた。


「なによそれ?そんなの聞いたことないけどおもしろいわね。」

乾いて笑う。


「ラブホなんてものは、厄介もの以外なにものでもないでしょ?みんな実はこっそり使ってるくせにね。

やらしいったらありゃしない。でも、それが社会の現実、街の真ん中に立てようと思えばあらゆる規制をつくって

排除される。それに郊外なら土地も安いしね。っていうわけで規制も反対運動も起きづらい、郊外に自然と

集まってしまうものなのよ。」


「へぇーっ、さすがは蛇の道は蛇。」

関心する、餅は餅屋か。


じゃあ、梅田のお初天神のすぐ入り口のところに小学校があるのは、あれはどういった理屈なんだろう?

周囲はパチンコ屋、飲み屋、ホストやキャバクラにピンサロなどが密集しており、わき道を抜ければ

ホテル街に通じてもいる。

わたしもあんな小学校に通いたかった。


前後裁断、

「ねぇ、佐知子さん、とりあえず普通にご飯を食べませんか?1.5km先に、イタリアンの店があるみたいだけど?」


「イタリアン?んー、そうねぇ。1.5kmってでもなんでわかったの?」


「いや、いま左側に看板出てましたよ?」


「そう?ごめん見てなかった。考え事しちゃってた。」


スピーカーからは、宇多田ヒカル-Automaticが終わり、

椎名純平がカヴァーした、勝手にしやがれ


「これ、誰が歌ってるの?」


「椎名純平、椎名林檎の兄ちゃん。」


「ふーん、お兄ちゃんが居るんだぁ、しらなかった。でもいい声ね。」


「居たんですよ!好い声でしょ?でも才能がありながら、世間一般に知れ渡らないのが

なんとももどかしいですよ、ぼくは。」


ダッシュボードに投げ出していたスマホを手繰り寄せて、プレイリストをランダムALLから、

椎名純平、全曲ランダムに切り替えた。

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