第13話公衆電話にまつわる怪談
「で、佐知子さんは、彼氏とか居ないわけですか?それとも立ち入った質問に答えるつもりはない?」
先刻の内覧会場でおなじ質問をしたとき、プライベートに立ち入るなと言わんばかりの視線をわたしに向けてきたが
いまならかまわないだろうと思い、再質問、
「わたしのことはどうだっていいから、君の話を聞かせて。で、美沙ちゃん以外とは、どんな逢瀬を重ねているの?」
無駄だった。
「そうですねぇ・・・最近で言うと・・・」
美那子との一件を言うべきかどうか迷って、当たり障りのないところを探る、
「先日~、わたくし人生初のナンパというものにチャレンジしたときのことなんですがねぇ、」
稲川淳二が怪談話でも始めるときの真似を意識して語りだす、
「あれは、7月だというのに朝から雨がシトシト降ってて、上にもう1枚羽織ってきたほうがよかったんじゃねぇかなー、
なんていう梅雨の、肌寒~い日の、夜10時くらいの出来事だったんですがねぃ~」
「稲川淳二!」
やっと反応してくれる。
ミナミで呑んで結構酔っていた帰り道、風俗に行く金もないってんでぇ、なんだかもやもやした気分だったところに、
乗り換えのために、テクテク地下街を歩いていると、前に、わたし好みの太ももをした27-8の、一見派手な女が
イヤホンで何かを聴きながら歩いていた。
後姿はほぼ、合格っていうので、追い抜きざまに顔を確かめると、これまた若干、えらがはり、とがりめのあご、
目は一重、こりゃたまらんというわけで、三歩分追い抜いたところで突然振り向き、声をかけた。
なにぶん、これまでにナンパというものをしたことがない、根が硬派にできてるわたしにとり、
勇気を振り絞り勝手に突いて出た言葉が「これからお仕事ですか?」
女はご丁寧に、イヤホンまで外してくれ「はい?」歩をとめずに聞き返してくれる。
もう一度「これからお仕事ですかぁ?」心臓がバクバクしながらも悟られていけないと、つとめて毅然とした態度を貫く。
すると「へっ」と鼻で笑い、一瞬、わたしの頭の上から足元までを舐めまわすようにしてから、再度イヤホンを装着、
すたすたと、自分の目指す方向へ歩をとめない、女に肯定も否定もする意思がないことを理解し、夜の街に消えゆく女の背中を恨めしく見送った、
というなんともオチのない話、「で?オチは?」なぞ、冷ややかなリアクションを予想していたのに裏腹、
「それ、脈あったんじゃないのー?だって本当に興味なかったら、無視でしょ。そこは。
へって笑ったってことは、なにか面白いことがあったってことだと思うけどなぁ。」
語り継がれる歴史と史実の差、わたしが勝手に黒歴史だと思い込んでいたものは案外そうでもなかったんだと拍子抜けする。
「そんなもんなんですかねぇ?」
素っ気無い返事をしてしまう。
「でも君、背ぇ高いし、顔も正真正銘のイケメンっていうわけではないけど、通好みの好い雰囲気しているし、声かけられて時間あるなら
別に着いていってもいいかなーっていう感じだけどね?」
褒められてるのかけなされてるのかいまいちよくわからず、答えに窮する、
「ってゆうか、君、美沙ちゃんとは、道聞いたのがきっかけで知り合ったと聞いたけど?
それってナンパなんじゃないの?」
へへっとごまかし笑い、後頭部に手をやり、照れ隠しに頭を掻くポーズ。
そう、何を隠そう、美沙とはD県随一の繁華街にあった、箱ヘル(最近では珍しくなったが)、店舗を構えている店の
客と店員として出会ったのだ。
往時、わたしはポケットティッシュに入れる広告の、代理店営業のような仕事をしており、
その日は珍しく、15時ころには3日分のノルマを軽く超える大口の客をゲットしたおかげで意気揚々、
休憩がてらに、その店に立ち寄ったのだ。
帰り際に今日は何時までなのかと訊くと、これが今日の最後の仕事だと言い、この後は御殿山にある自宅に帰り寝るだけだと言い、
ついつい、折角だからということで「飯でもどう?」と誘えばあっさり快諾、名刺の裏にケイタイ番号を書いて渡した。
でもそのフタバちゃんは、ケイタイをもっていないのだと言い、店を出たら適当なところで公衆電話から電話をすると言った。
往時においても、20代成人であれば普及率は95%くらいはあったはずだから、やんわりとお断りを述べているのだと思い期待せずに
さきに店を出たわたしは、電話などかかってくるはずもないものと決め付け、ちかくの百貨店の屋上のビアガーデンに入ったのだ。
すると、本当に「公衆電話」から着信があり、「フタバですけど今、店を出ましたけど、どこに行けばいいですか?」
ビアガーデンに呼び寄せ、他愛のない会話を楽しんだ、というのが事の経緯であり、箱ヘル時代を口外していない美沙にとり、
わたしとの出会いはひとつの黒歴史だったのであろう、何かにつけ、もしわたしとのきっかけを訊かれたときは、
ミナミで道を聞かれたのだと説明しているらしかった。
「まぁ、その若さで係長で仕事もできるんでしょうし、家事全般もこなすんだったら、楽しめるだけ楽しんだ者勝ちよね。
別に、女性とちがって、子供がほしいとおもえば、幾つになってもその気があればできるわけだし。
でもなかなか楽しそうな人生ね?わたしが男なら、まず君と同じように好き勝手に生きたいわね?」
「いまは好き勝手してないんですか?」
「いまはしてるわよ、それはね。でもわたしの輝かしい青春は、結婚という呪縛にささげてしまったのよ、残念だけど。」
「いまから青春したらいいじゃないですか?」
物事に遅すぎるなんてない、わたしは常にそう思っている。思い立ったが吉日、はじめられる環境があるならもちろん、
環境が整ってなくてもいい、見切り発車オーライだと思う。
「あっ!あれあれ!あったわ!」
次の信号の先に、レンタル屋の黄色と青の看板をみとめた。
「でもこんなところで借りて、返しに来るのめんどくさくないですか?」
すかさず、
「君ね、いまは便利な時代で郵送返却という優れもののシステムがあるのよ?」
右折レーンがないのに、右側のレンタル屋に強引に入るつもりらしい。
「このナビで再生できるんですか?」
Kool & the Gang のJungle Boogie に切り替わったBGM、
いわずと知れたタランティーノの名作、パルプフィクションのサントラ、
「わたし機械に弱いからよく知らないけど・・・こんなちっさい画面じゃ観た気しないじゃない?
ねぇ、ナンパ師の君ならよくご存じだと思うんだけど、その、モーテルってやつでは観れるんでしょ?
100インチくらいのプロジェクターで。」
なかなか対向車が途切れる気配がない。
このまま一生途切れないで、曲がれなければいいのに。
祈るような気持ち、
「佐知子さんこそ、行ったことない割りによくご存じで?」
勘ぐるのを丸出しで嫌味たらしく訊く。
「へへっ、ほら、D県ウォーカーみたいな地元密着の雑誌でたまにあるのよ、そのラブホ特集みたいなやつが。
あれをいつも楽しみしていて、行ってみたい所はもう決まってるんだ。
しかもそこね、イタリアン出身のシェフが常駐してて、石窯で焼くピザをルームサービスしてくれるみたいなのよ。
君もおなか空いてるでしょ?」
やっと対向車の列が切れた。
駐車場の縁石の段差で激しめに揺れた。
「えぇ、トレインスポッティングも観たいし、おなかも空きました。でも問題があります。とても深刻な問題が。
serious bottleneck がね。」
「なによそれ?」
ドアミラーだけで白線を確認しながら、一回で真っ直ぐに駐車完了させてから、
「あっ、美沙ちゃん?ナンパ師なクセして意外とまじめ君なのかな?」
炊きつけてくる。
「いやいやいやいやいや、美沙に関していえば、臼井さんとラブホ行ったと言えば、多少は驚くようなことがあっても、
じゃ、今度3Pしよう、なんて誘われるかもしれませんけど?」
「それもおもしろそうね。」
さもおかしそうに、手で口を覆って笑い、ドリンクホルダーからペットボトルを抜きごくごくとのどを潤す。
「じゃあ、美沙ちゃんじゃないとしたら、どんな問題?」
「とりあえず、どこで観るかは後で決めるとして、行きましょ。」
意味の無い口論に終止符を打ち、外に出た。
先んじて下車し、すたすた店の軒先に置かれた灰皿をあざとく見付け、一目散に目指した。
ただタバコが吸いたかったのだ。
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