第12話共依存

「これはいわば、共依存といってもいいと思いますけどね。」


あざとくも、センターコンソールに埋め込まれたナビ付オーディオの、ブルートゥース受信口を発見したわたしは、

臼井氏の許可を得、早速、自分のスマホのブルートゥースを難なくペアリングさせ、スピーカーからは、OZROSAURUS(オジロザウルス)

ROLLIN'045 、ランダム再生にしたところ、それが流れてきた。

いまや消えつつあるらしい、日本語ラップ。


「共依存?それのどこが依存なのかしら?」

イゾンではなく、イソンと発音する臼井氏、


「お互いの存在を認め合っているからこそ、相手がどこでどんな、ほかの相手との逢瀬を楽しんでいようと

嫉妬のような感情は生まれないんです。

つまり、一般的な意味合いにおける、男女関係とは全く質を異にしているんです。」

そこで言葉を切り、缶酎ハイをあおる、


「つまり、通常における依存関係を破棄した者同士で依存し合っているんです。わかるかな?」


「んー、わかるようなわからないような。この曲、ピアノが素敵ね。」


一昔前、わたしが自動車運転免許を取得した往時、さすがにカセットテープということはなかったが、

MDプレーヤーがその最先端だったであろう、女性とドライブに行きその後のことまで想像と股間を膨らませて、

自宅のミニコンポで、プレイリストを必死になって編集していた頃がえらく遠い昔に感じる。


「わかってますね、さすが、ピアノってなんだか聞いていると勝手に指が動いてしまうのはぼくが天性の

ピアニストだからですかね?」


「君の指!名刺をくれたときから思ってたけど、異様に綺麗よね。」

指をまっすぐに伸ばし、貴乃花と婚約会見をしたときの宮沢りえよろしく、手の甲を臼井氏の眼前15cmほどのところまで

近づけ、見せびらかしてやった。


「仕事をしてない男の手、どうです?」

乾いて笑う、


「君、ピアノ弾けるの?」

赤信号にひっかかり、停車してからわたしのほうに向き直り、潤ませた瞳を向けながら訊いてくる。


「ピアノは譜面が読めないからダメ、でもいまでも弾ける楽器ありますよ?」

逆に質問するかたちの半疑問、


「えー、なんだろう?ギター?ベース?」


目を閉じ、首をゆっくり左右に振りながら、

「女性という楽器です、実に百者百様の音を奏でてくれる、同じ音を奏でられることは、二度ない。

そのとき限りのlive音源、jazzyだと思いませんか?」


信号が青に変わって、軽四独特のエンジン音が唸りをあげる。

真っ直ぐ前を向いたまま、わたしの渾身のジョークは華麗にスルー、

「ねぇー、お腹空いたぁ~。君、お昼なにか食べた?」


訊かれるまで気がつかなかったが確かに腹が減っているような気がする。

「昼にお手製のツナマヨサンドウィッチを食べたきりですね。」


美沙が出がけ前に腹ごなしできるよう、拵えてやったのを2枚ほどおこぼれに預かった。

ポイントは、粒の黒胡椒と、やげん堀の七味を少々、自画自賛するようだがこれが絶品なのだ。

美沙のために拵えてやったとは言わない。


「ふーん、じゃあ、君、料理が苦にならないのね。」

わたしのDon't you の質問は、中空に吸い込まれたらしい。


「えぇ、もちろん。飯炊き、掃除、洗濯、どれにも事欠かないですね。

いちおう、楽器奏者なので包丁を扱うことは遠慮してますがね。」

もちろん冗談、ドンキホーテの安物のペティーナイフのような小ぶりのものだが、

これが手によく馴染む。


「それだからか!そりゃぁ、依存しない関係に依存してしまうというの、合点がいくわね。」

BGMは、次曲に切り替わっていた。

ランダム再生、今日はなかなか好い仕事をするではあるまいか。


「あっ、これイギーポップよね?」

Lust For Life


「よくご存知で。これはトレインスポッティングという映画のサントラから。」


「うわっ、いいとこ突くね、君。なんだか急にトレインスポッティングが観たくなってきたな。

次の信号曲がったら、国道に出るからちょっと走ればレンタル屋があったと思うんだけどなー。」


いま腹減った言うてたんちゃうんかいっ!

興味の移り変わりの激しいこと、まぁ、嫌いなタイプではないですけれど。


トレインスポッティング!わたしはこの映画に思い入れがあり、のべ100回は観たかもしれない。

久々に観たい気がしないでもない。

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