第11話筆おろし役拝命

「はいっ、とうちゃこー。」


陽気に言ってギアをPに戻し、足元でパーキングブレーキを踏む。


「結構な山奥ですね。」

ほき捨てるように言い、降りる。

地に足を付け、思い切り背伸び、両腕を天高くいっぱいに伸ばし深呼吸、

心なしか空気が澄んでいるような気がする。


臼井氏はリモコンでドアをロックし、すでにずんずんとわたしを放って行ってしまう。

慌てて置いて行かれまいと後を追う。


駐車場と思われるスペースは結構広かった。

未だ舗装されていない砂利道。

完成すれば10台は収まるだろう、いまは我々が乗ってきた水色の軽四以外停まっていない。


「こんなに駐車スペースをとって、集客は見込めてるんですか?」


エントランスで立ち止まり、COACHのハンドバッグから鍵束を弄って抜き、5本ほどのなかから

一発で穴に挿し、カチリと小気味よく響かせながら

「さぁ、どうかしら?」

意味深な笑みをわたしに向けてきた。


勢い付けて引いた重そうな木製のドアの向こうは、絶賛工事中、脚立やらなにやらが

散乱しているが、天井からぶら下がった裸電球が煌々と灯っているのが隙間から見えた。


さきに入るよう、ドアを抑えたまま促してくるが躊躇して

「未だ誰か居てるんですか?」

不信感をあらわにしてしまう、根が小心者にできてるわたし。


察してくれ、

「あー、灯り?もう職人さんたちは帰ってるけど、オーナーの旦那さんが内覧会へ

おいでくださるからってつけておいてもらったのよ。」

合点がいき、中へ入る。


天井や壁のそこかしこからは、電線が垂れ下がっている。


「旦那なんて呼ばれるとこそばゆいですね。」

思わず苦笑い。

「三下り半をつきつけられてるんです。」

冗談ではない、この前美沙はたしかに言った、婚活パーティーに行こうと思っていることを。


「あら、それは聞き捨てならぬ、穏やかではないわね。」

言いながら、わたしの舳先を制するかのごとく、また先に立ちずんずん進む。

その後ろ姿、黒のキュロットスカートからのぞく真っ白でほどよくむっちりした太もも、

わたし好み。


別に顔がでかいとかそういうことではないし、むしろ小顔なのだろうが、

車中で受けた印象は、170cmもありそうな大柄な女だったがその実、155cm程度の小柄。

でも全体としてはやはり細すぎる感は否めないが、最初の印象が見事に裏切られたかたちとなり、

急に女性として意識しだしてしまう。

太ももにやられた。


「ねぇ、佐知子さん、身長はどれくらいです?」

「えっ、154cmくらいじゃないかな?」

言って振り向きわたしの顔をまじまじ下から見つめるようにして

「わっ、君そんなノッポさんだったの?横に乗ってるときはそんな風に感じなかったけど。


君こそ何cmくらい?」


「185cmくらいですかね。」

誇らしげに言う。


「その長い脚、軽では狭かったでしょ?失敗したわ、プロボックスで来たら良かったぁ。」

前に向き直り「ごめんあそばせ~。」言ってまた中にずんずん行ってしまう。


すたすたと小走り気味に後を追い、

「ねぇ、佐知子さんは彼氏とか居ないんですか?」

ずんずん進めていた歩を急に停め、振り向きつつ

「どう?なかなか広いでしょ?」


内覧会であることを忘れるな、わたしのプライベートに立ち入られる云われはない、とでも言いたげに

すこし不快そうな視線をわたしへ向けてきた。


「失敬。」

声に出して詫びる。


「そこの扉は引き戸ですか?」

左の奥を指さして訊き、わたしの指し示すほうを確認しながら、


「そこ?引き戸じゃなかったかな?奥は第二施術室だったはず。」

これからドアが搬入されはめ込まれるのであろうが、ぽっかりと空くドア予定地のその空間は

地獄への入り口のようにも見えなくもなかった。


「工事は順調ですか?」

先刻来、わたしの興味は佐知子の太ももに奪われっぱなしだが、悟られてはいけない

興味ありげに質問しててみた。


「そうねぇ、いまのところは予定通りかな?」


水回りと電気関係は終わっている。

この後は、床屋(ゆかや)が入り、床と壁に装飾を施す。

そのあと設備屋の機器搬入があり、空調屋が入れば大体完成、1か月以内には引き渡しにいたる日程だと

教えてくれた。


「あっ、君、トレイに行きたければどうぞ。もう水も流れるし。

便器は信楽の焼き物なのよ?もしよかったら。

でもさすがにトイレットペーパーはないと思うけど。」


「滅相もない。」

思わず声を出してしまう。

「出るとき表の仮設のを借りますから結構ですよ。」



この豪奢な出店計画には一銭も出資していないわたし。

トイレの筆おろし役など担えるはずもない。

慌ててかぶりを振る。


尿意がこみあげて来ないわけではない。

駐車場の隅に、仮設トイレが設置されていたのを借りよう。

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