第10話乙卯女子

「うさぎだけど?」


何か問題でも、と言わんばかりのそっけない返事。


ということは乙卯であろうし、ということはやはり丁度40、とてもそうは見えない。

が、この場合、定石どおりのリアクションをしては箸にも棒にもかからない。

ゆるい変化球を放らなければ。


「ということは、七赤金星ですか?」


「えっ、すごい。なんでわかるの?」


「占いが趣味なんです。」


「へぇ~、超意外。やっぱり君、変わってるわ~」


関心するように言ってくれる。

大体において、40過ぎの淑女が”超”などといえば鼻にもつくだろうが、

この臼井氏にかぎっては、自然だし心地よくすらある。


最初はわたしを、神邊さん、神邊君、いま君と呼んだ。

徐々に、心理的距離を縮めることに成功しているとみていいだろう。

年齢当てクイズに正解して秘かに喜んでいることを知る由もないのだろう。


「じゃあ、占ってくれる?」


「生年月日を教えてくれれば。」


「あっ、そうそう、わたし未だ名刺あげてなかったわね。」

言って、サンシェイドのポケットから一枚名刺を抜き、左手で差し出す。

さすがに運転中なので、両手は添えられない。


サンシェイドに名刺を常備しているということは、営業用に使う車なのだろう。

自家用には、真っ赤なマスタングGTあたりか?なんとなくそうであってほしい。

希望的観測が多分にふくまれるが。



「ご丁寧にありがとうございます。」


恐縮して受け取る。


臼井 佐知子

京滋リアルエステート販売 有限会社 代表取締役


社名よりまずさきに自分の名前を配しているあたり、自信のあらわれであろうか。


「あっ、突っ込んでくれへんねや? 幸の薄い名前でしょ? 美沙ちゃんから聞いてた?」


初見ならまず突っ込むべきとろこであるが、お察しのとおり美沙から聞いていたので

即座に反応できなかった。

申し訳ないとおもう。


美沙の言によれば、臼井は結婚後の名前であった。

でも今は離婚しており、旧姓に戻すこともできたが家裁の手続きが面倒だからと

そのままにしているらしかった。

がそれは表向きの理由で、営業活動をするうえで名前を売るにはこの上ない武器になると

あえてその名を使い続けており、実に強かな女だと、美沙から聞かされていた。


「これほど名は体をあらわさない例も珍しいですね。」


乾いた笑い声をあげて反応をうかがう。


「あら嬉しいこと言ってくれるのね。君、基本無口なのに、たまにつぶやくとおもえば、

心を鷲づかみにかかろうとするのね。」


そこで言葉を切り、ドリンクホルダーから抜き、ごくりと飲む。

ごくごく音を立てて飲むのは癖なのか?

でも決して下品には映らず、むしろ好感材料ですらあるのだから不思議な女だ。

信号が青に変わり、あわててキャップをしめて、ホルダーへ戻しアクセルを踏み込んだ。


「で、どうなのよ?そうやって何人の娘を泣かしてきたのよ?ん?」


「泣かすなんて滅相もございません。泣かされ続けてきたほうですから。それに。」


そこで言葉を切り、とっくに空いていた缶を軽く握りつぶし、足元に放っていた袋から

ビールを取り出し、プルタブを開けて、グイっとやり

「美沙がはじめての相手なので。」


「まぁ、よくもそんなご冗談をしゃあしゃあと言えるのね。信じられないわ。」

笑いながら、手で頭を掻き恐縮する。


「経験人数を言えばいいですか?」


「うーん、知りたくもないけど興味がないわけではない、わね。」


「で、誕生日は教えてくれないんですか?」


「あー、別に隠しても仕方がないけど、4月27日よ。言ったんだからちゃんと占ってよね?」

さも不機嫌そうに言う。


その名は営業道具にできても、”しにな”というなんとも不吉な誕生日は気に入ってはいないのだろう。


「わかりました。今度占っておきます。」


「社交辞令は要りませんからね。で、どういう占いが得意なの?星座占いとか?」


「主に宿曜占星術と、四柱推命ですかね。」


「ふーん。結構本格的なんだ。冗談かとおもったけど。あっ、そういえば帰りはどうするの?

そんなに飲んで。まさか、わたしに送っていけとでも?」


「いやいや、そんなぁ。さっきのコンビニまでは返してくれますよね?そしたら代行呼んで、

モーテルにでも連れて行ってもらいます。」


モーテルは冗談だったが、高速をおりた道を反対方向に5kmくらい走ればスーパー銭湯がある。

事前に下調べはしてある。

時間にもよるが、風呂屋まで送ってもらって酔いをさましたあと、コンビニまで

タクシーで行くという手もある。


「なにそれ?楽しそうじゃない。わたしも一緒に行っていいの?

ねぇ、わたし、そのモーテルってやつ行ったことないのよー。いまさら一人で行くわけにもいかないし、

連れてって、なんて頼める相手も居ないし、君、連れて行ってよ?ね?

名刺交換して、誕生日まで教えてあげた誼みじゃないの?ね?おねがい。」


リアクションに困る。

この女、どこまでが本当でどこまでが冗談なのかがわからない。

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