第9話干支を訊ねて三千里

これといって特徴のない田舎道を、真っ直ぐ進む。

前後を走る車は1台もなく、すれ違う車もまばらだ。


道端の看板は、ゴルフ場2km先右折 だとか、あるいは窯元団地へ誘導するものが目立つ。

コンビニはわたしが車を停めた店以外には、未だ目にしていない。

トイレに行っておいてよかった。


そういえば、さっきのコンビニの入り口にも、焼き物の狸が立派な金玉をぶらさげて

突っ立っていたことを思い出し、それとなく言う。


「そりゃそうでしょう、ほかにこれといったものがなーんにも無い土地ですから。」


そこだ。美沙は何をおもって、それこそこんな、なーんにも無い土地にネイルサロンをおったてることを

計画しているのか、わたしにはさっぱりわけがわからない。


女はハンドルを握るというよりは、上に手を置いているだけのような状態。

10時15分のかたちで、両手で握っていないとつい不安になるわたしは、若干不安な気持ちになる。


「そういえば神邉さん、PC関係のお仕事だって聞いたけれど?」


「えっ、えぇ、まぁ。」


事前に漏れていたことを知り、不安が過ぎる。

仕方なく、肩に掛けたままのボディーバッグから古いヴィトンの名刺入れを探り出し、

赤信号で停まったタイミングを見計らい、一枚名刺をハンドルの上に添えるかたちで

セルフ握手するように握られた手の上に差し出す。


「立日ソフトウェア株式会社 本社製造部 製造二係長 神邉 正純」


「すごいじゃない、若いのに係長さん。」


「あっ、いや、その、へへっ。」


適当にあしらうが、そうはいかない。


「あっ、まさずみではなく、せいじゅんです。あっ、それと、たちにちではなく、たっぴソフトと読みます。」


女は、言いにくそうに(たちにち)と発音したのだ。


「それにしても、(たちび)とも読めるしまた、すごい名前よね。変わってるわ。

でも、この住所、グランフロント・・・よね?」


「あっ、はい、でも社長が変態、いや、変人なんです。」


住所は確かに北区大深町、グランフロントの場所をしめしており、オフィスも構えてある。

だが、わたしの勤務する製造部こと、秘密の製造工場は、南区大国町の雑居ビルにある。


製造二係となっていたのは、いわゆる和物でメディ倫系の一般流通している作品を専門に扱う。

一係は洋物、三係は素人作品などの和物を中心とした、無修正物を扱う。


長となっているが、部下など居るはずもなく、例の谷中(やなか)氏は、趣味をそのまま仕事に

三係を任されている。

一係は、アレックスと呼ばれている、東洋人独特の濃い目鼻立ちで言葉は日本語しかしゃべれないらしいが

母親がプエルトリコ人、父親は台湾人らしいが、生まれも育ちも日本人らしかった。

本当の名前は知らないし、知る必要もない。

アレックスには名刺は与えられているのかどうかも知らない。


わたしが名刺を刷ってもらったのは、商品の発送をするのに、法人割引の申請をするということになり、郵便局へ交渉に行ったとき

名刺は切らしてます、ではしょうがないということで製造部長が30枚ほどくれたものの残りだ。

折衝ごとこそが部長の仕事なはずだが、名ばかり係長の出番とばかりに危ない橋を

部下に渡らせる。

部下は危ない橋を渡り自分に火の粉が降りかからないためのファイアウォール、

如実にあらわしてる。

いま思えば偽名でも問題ないはずだったが、今のこのときのように役立つこともあるのだ。


40過ぎのだらしなくへらへら笑う谷中、顔立ちはきれいだが胡散くさすぎるアレックス、消去法で交渉役にわたしが任ぜられたのだ。


立日ソフトウェア 、その名前は創業者が、日立ソフトの出身だったという説もあれば、

東京の立川と日野を結ぶ、立日橋に由来するなど、諸説あるが真相を確かめたくもない。


「じゃあ、神邉くんは、SEさんかなんかなの?すごいじゃない。」


自分でもある意味すごいと思う。

ガサが入れば、猥褻図画販売幇助でお縄だ。間違いなくお縄だ。

それとしりながら、もう3年も立日ソフトの二係長の座に鎮座ましましているのだから。


「ねぇえ? さっきのヴィトンの名刺入れ素敵ね。それかなりの年代物よね?」

黙ったまま、外の景色を見入ってしまったわたしを気遣ってかなんたる優しいお言葉。


「そうですね。もう10年以上かな?」

否定も謙遜もしない。


そこからというもの、女の饒舌が急に止まらなくなった。

本来、ヴィトンなんていうブランドは、紳士淑女の象徴なのであって、

馬鹿な日本の女子高生なんかが持つべきものでは決してない。

村上某とかいうわけのわからない日本人、黄色い猿の日本人

(女は本当にそう吐いた)のデザイナーだかなんだか知らないけど、

コラボなんかしちゃって、あのコラボが始まったときから

凋落は始まっていた。

だから君の持つそれはヴィトンの良心がつまった最後の時代の名品だから

子や孫の代まで受け継ぐべきなのだと熱弁までふるってくる。

たしかに、年々味がでてきているような気もして、なんとなく使い続けていた。


10数年前、誕生日にその当時付き合っていた年上の人妻に高島屋のヴィトンで

6万円ほどだったか、買い与えられたものだった。

往時の女に思い入れなどないが、本当に使い続けるほどに味がでてきて、

なんとなくそのままにしていた。


「ごめんなさい。」

子供のいたずらがばれたときみたいに、潤んだ瞳をこちらへ向けて舌をわずかに

ベーっと出す仕草が、この女のやり手ぶりをあらわしている。

だが、そんな冷めた目で見てはいけないような気もする。

ただ好き嫌いがはっきりしているだけで単に無邪気なだけなのかもしれない。

これが計算ずくの態度なら、それこそ末恐ろしい。


美沙によれば、女は40かそれに近い年だったはずだが、10歳若く言っても

何の不自然もない。

高田真由子の今よりもうちょっと若い頃といえば伝わるだろうか。

(実際は、ご本人さまと同年代のはずだが)


だがやはり、わたしから見ると細すぎるのが玉に瑕、わたしは恋には落ちない。


「ところで臼井さん、干支はなんです?」

確かめたい衝動に駆られ、苦肉の策で訊いてみた。

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