すべては久御山ジャンクションから

第8話すべては久御山ジャンクションから

西海石邸を足早に引き上げ、久御山から名神高速にあがり、東へ走る。


美沙は同伴出勤予定の嬢に施術の予約があり、ちょっと遅くなるかもと言って昼前に出て行ったが、18時過ぎには帰宅した。


本来なら、温かい夕飯でも準備してその帰宅を待ちたかったところだが、

わたしは信楽くんだりまで出張を命じられていたし、遅くなるから外食してくる旨あらかじめ告げられていたのだ。


予約のその嬢の同伴がキャンセルされたことにより、余波を受けるかたち、美沙は残念がるふうもなく、倒れ込み炬燵に潜った。


パスタかなにか適当なものを拵えてやろうか?訊いてみるも半分夢に落ちており、

むにゃむゃとわけのわからんことを吐くのみ、諦めて、抜き足差し足忍び足でもって灯りを豆球にして、火の元を確認、ドア鍵は大きな音が出ないよう、慎重に施錠して家を出たのであった。


新名神をとおり、信楽まで30分もかからなかった。


インターを降りて最初の信号を右折すれば、つぎの信号の手前には指示どおりコンビニがあった。

そこで待ち合わすことになっていた。


女は、水色のムーヴラテに乗ってくるという。

”ラテ”をやたら強調してきたが、わたしには、ムーヴと、ムーヴラテの違いが

全くわからなかった。


わたしの愛車は、紺色のワーゲン、20年以上前の型で走行距離は15万キロ以上。

カーナビもなければ、エアバッグ、衝突回避ブレーキなど夢のまた夢。

さしづめ、ボロクソワーゲンというところか。

がその分シンプルで人”車”一体となって、わたしの意のままに走ってくれる。

ご機嫌を損ねることも最近は増えてきたが、またそこが何とも愛くるしい。

ムーヴラテが相方ではできない芸当だろうが、車とコミットしようなんておもわないひとが

好んで乗る車なのだろう。

どっちでもいい、考え方の違いだ。


約束の時間よりすこし早くつきすぎてしまったが、コンビニでトイレを借り、女子が好きそうな

飲み物を物色する。

場所柄か、これというのがないので妥協点としてトロピカーナのオレンジジュースを買い、

自分が飲むために、ビールを2本と酎ハイを3本買う。

店員は大学生のバイトだろうか、つり銭をわたしの掌に投げるように渡してくる。

わたしの掌は賽銭箱ではないのだが・・・。


表に出て思いっきり深呼吸すると、なんとなく空気が美味い気がした。

左のドアからドライバーズシートに潜り込み、すこしだけリクライニングを倒し、

どうするか迷って、ビールのプルタブを引いた。


ここで待ち合わせて、ランデブーで近くのパチンコ屋に行き、1台は車を置き相乗りするか

このコンビニに停めたままでも、3-4時間なら放置していても全然平気だと女は言っていたが

そのとおりなのだろう、わたしのほかに停まってる車は、あのバイト君が乗ってきたのであろう

軽トラが1台だけ。スペースは優に20台くらいはあるか。


入口に尻を向けるかたちで前向き駐車をしていたので、すぐそれとわかる、蒼白いヘッドランプが

バックミラーに注ぎ込んできた。

ミラーを覗き込むようにして念のため確認するとやはり、水色の軽四だった。

女はわたしの存在に気づいているのかどうかわからないが、店の雑誌コーナーの前あたりに頭から停めた。

わたしは荷物と、半分ほど飲んだビールを持ち、車を降り、一直線に女の車に向かう。

助手席の窓をコンコンとノックしてから腰を屈めて、笑顔をつくって車内を覗き込むようにして

女の顔を確かめてからノブを引いて、なるべくエレガントに見えるよう、細心の注意を払いながら

助手席に乗り込んだ。


「意外と広いんだね。」


車内の予想以上の広さに、おもわず言ってしまう。


「でしょ?」


笑いながら、

「はじめまして。」


ニッコリわたしのほうに向きなおりながら、微笑みかけてきた。

なかなかの美人だ。予想外の連続で動揺するのをおさえながら、


「あっ、はじめまして。神邊です。」

言って笑い、ビールの缶を女のほうへ向け、乾杯の合図をする。


すかさず、トロピカーナのペットボトルを袋から出し、

「よかったら飲む?」

訊いてみた。


「あら、気が利くのね?飲んでいいの?」

潤んだ瞳、若干上目使い、

「いたただきまーす」

言いながらボトルを捻って開ける。

そのまま口に運ぶのかとおもいきや急に訝しげな表情で

「変なもの、入れてないよね?」

訊いてくる。


「今、開けるときカチッて鳴ったやん。」

それが5分前、購めたばかりであり純然たる

未開封であることを抗議の意味を込めて説き伏せる。

何も言わずに、潤んだ瞳をわたしのほうに10cmほど近づけて来て、

疑いの眼差しを投げかけたかとおもうとすっと後退して、窓にもたせかかる。

乾いた笑い声をあげ、ゴクリと喉を鳴らして一口飲んだ。

先刻来、実に表情の豊かな女だなとあらためて思う。

それにしても、ドライアイとは無縁なのか

ドライアイ対策で目薬が手放せないのかは定かではない。

ドライアイと無縁のほうなら羨ましい限りで、わたしのつぶらすぎる目は乾きつつある。

わたしも負けじと、半分残ったビールを一気に飲み干す。


「冷え冷え~美味しい~」

言って、右側のエアコンの吹き出し口のドリンクホルダーにおき、

前に向きなおりながら

「さ、行きますか?」

「行かれますか?」

おうじるわたしのほうを見ずに、女はセレクターレバーを引き、Rに入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る