第一幕・桜鬼―さくらおに―
序章
ヒラヒラ、ヒラリ。
舞い散る踊る。
狂い咲きの血桜と、
季節外れの雪化粧。
ヒラヒラ、ヒラリ――。
「鬼ィ……?」
半信半疑の声だった。あからさまに、「お前、それ本当か?」という響きを伴っている。それを聞き、
「当たり前ですよ! 私が
「今までは、な。でも、これからはあるかもしれねェだろ」
そう、目の前の人物は素っ気無い。まぁ、彼の事だから、単に面倒なのでしょうね、と考えて草雲は苦笑した。それが分かるほどには、草雲は彼のこのような行動を多々目にしてきている。目の前の赤毛の青年が、かなりの面倒臭がりであると気付く程には。
青年が、ぼそりと気の乗らない最大の理由を口に乗せる。
「それに、どーせ今回もタダ働きだろ」
「そりゃあ、私は
ふむ、と雷封と呼ばれた青年が呟き、唐突に座り直した。彼の黒い法衣の胸元に下げられた小さな鈴が揺れ、ちりんと澄んだ音を響かせる。
「じゃア、依頼人は草雲先生だッて訳か? ちゃんと出すモン出してくれンなら、話を聞いてやらない事もないぜ?」
「……それは」
「……それは?」
「お話を、聞かせて頂きましょうか」
涼やかに、草雲の後ろから掛かった穏やかな声。その声の主を認めて、身体を乗り出していた雷封はまた、やる気なさげにそっぽを向いた。それとは対照的に、草雲はほっとしたように声の主に話しかける。
「ああ、
「ええ。草雲さんの持って来るお話には時たま興味があるものもありますから。もちろん……」
とたとたと部屋の中を進み、雷封の隣までやって来ると裾を払って腰を下ろす。
「兄さんにも、お手伝いさせますよ」
にこやかに云っているのに、何処か逆らえない威圧感がある。尤もそれは、云われた雷封にだけ感じられるものなのかもしれないが。彼にとって、この血の繋がらない弟は唯一と云っても過言では無い程、自分が口でやりあって勝てる相手では無いと認識しているから、余計なのかもしれない。可愛い顔をしている割に、云う事はとんでもなくキツいのだ。
「お前……よッくいつもいッつもタダ働きする気になるよなァ……」
ッたく、財布の中身をよッく確認してから話聞けってンだ、とぶつぶつ云っている雷封に、霜雪は盛大に溜め息をついて見せた。
「全く。兄さんのお財布の中身がすっからかんなのは、私の所為じゃありませんよ。普通に暮らすには十分過ぎる程の稼ぎはしっかりとしているじゃあありませんか」
「しっかり、だァ?」
どッこがしっかりなんだよ、と半ば呆れたような声で反論をする。しかし、この弟が自分の反論程度で言い包められる様な簡単な人間では無いと知り尽くしてしまっている為、彼のそれはほとんど形式的にやっているだけに過ぎなかった。ただ、云われっ放しでは、癪だったから。
あっさりと、そんな雷封を綺麗に無視して、霜雪は草雲に話をするよう促した。
「ここから少し行った先に、
草雲の話は、こんな問い掛けから始まった。その問い掛けに対し、霜雪は少しだけ小首を傾げて考えているような表情を浮かべたが、すぐに頷いた。
「ええ。名前ぐらいは」
「その村に、鬼が出ると云うんです。何でも厄介な鬼で、いつかは人を喰いかねない、と。そんな被害が出る前に、退治出来るなら退治してほしいと、頼まれたのですよ」
「頼まれたァ? 先生ェ、あんた物書きだろ。一体いつから退治屋に転職したンだよ」
聞いていないフリをしながら、きっちり聞いていたらしい。雷封の意地悪な質問に、草雲はしどろもどろになりながら答えた。
「ああ、いえ、その……うっかり、ツテがあると、つい、云ってしまいまして」
確かに、草雲はただの物書きである。不思議話を集めて回ってはいるけれど、それは単なる好奇心から起こる、云わば趣味のようなものだ。雷封、霜雪の兄弟のように、不思議話を調査し、況してや解決する事などやりたくても出来ない相談なのである。
その答えを見透かしていたのだろう。雷封は両手を広げて「あーあ」とわざとらしく大きな溜め息をついて見せた。
「何だよ。……それじゃア、
草雲が言葉に詰まったのを良い事に、つまりさ、と赤毛の青年は言葉を続ける。彼に唯一待ったをかける事が出来る彼の弟も黙っているという事は多分、多少なりとも兄の云う事にも一理あると判断したのだろう。「最初ッから俺達をアテにしてたンじゃねェか」というその台詞に。
助け舟が出ない事を知り、草雲は少しだけ泣きたくなった。
赤毛の青年は、ぼそりと云う。
「それッて、先生はもう話を受けちまってるッて事か?」
選択権はねェって事か? と、彼は言葉を置き換えた。
草雲は小さくなりながら「ええ、まぁ……」と、蚊の鳴くような声で返事を返す。
「だって……断れるような状況じゃあ、無かったですし……」
もごもごとした云い訳。似ていない兄と弟は全く同じような動作で一瞬顔を見合わせ、同時に肩を竦めた。諦めた。まるでそう云った格好だ。
「あのよー。一つ聞きたいンだが、先生に報酬は入るのか? それなら、そっから俺達も頂くって事で、鬼退治ぐらいすぱーんと引き受けてやらないでもないぜ?」
雷封の言葉に、草雲の顔がぱぁっと明るくなった。誰がどう見ても、その表情が十分赤毛の青年の問いに対する答えになっていると分かる。
ダメ押しのように、草雲はこくこくと頷いた。
「ええ、それはもちろん! 引き受けて下さるのなら、六・四で雷封さん達に報酬をお渡ししますが」
「……さっきはそんな事一言も云わなかったくせによ。隠してたから、七・三だな」
「そんなぁ~! わ、私だって、かつかつなんですよ!」
「へっ、知るかそんなん。俺よかましだろうが」
「む、無意味に胸を張らないで下さい!」
思わず叫んで、救いの眼差しを静観している霜雪へと向ける。彼の綺麗な紫の瞳はそんな草雲の視線を正面から受け止め、にっこりと笑いかけた。
「……そうですね。七・三では割り切れません。八・二で手を打ちましょうか」
「……は?」
あまりにも素直な笑顔でさらっとこういう事を云う。それは、良くも悪くもストレートな雷封にはとても真似出来ない芸当であり、これこそが、彼が弟に勝てないと思う理由なのでもあり。
相手を油断させておいて、トドメとなる一言を放つ。そのエゲツナイ口撃に今まで一体どれだけ撃沈させられて来た事か。
今度こそ、本当に泣き出しそうな顔で固まっている草雲と、にこやかな、邪気の欠片すら感じられない優しい微笑みを浮かべている霜雪を見比べながら、やッぱ勝てねェ、等と今更ながらに考えてみたり。
「じゃ――決まり、だな?」
にやりと、してやったりとした顔をして云った雷封の台詞に、もうどうにでもなれ、と思いながら頷く草雲だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます