01-2/5


 ゾロゾロと朝早くに、ワタルたち自身も通う『越谷茜南小学校』へと到着すると、そこには気合を入れ込んだ大木田館長が試合に出るワケでもないにも関わらず胴衣姿になっていた。


「試合に出るワケでもないのに、胴衣なんだな……」

 というワタルの友人である菊池が大木田館長に野次に目を配らせる。


「一応、ココでは胴衣が正装みたいなもんなんだよ」 


 そう一歩、真名館より桁外れにデカい体育館へと赴く。

『越谷茜小学校剣道クラブ』は、この小学校に設備された体育館を放課後と休日にレンタルをして使用している。


 結成して十年という地味に短くも長くない歴史を持ちながら、真名館との交流は長きに渡る。――が、最近になっては負け越しが続いているのには理由がある。


 やはり小学校の体育館をレンタルする過程で学校側から直接許可を取り、生徒たちを募集しているだけあって、越谷茜小学校の生徒数は多い。

 それに比べて真名館は、道場付近に錆びれた看板で『剣士募集』と書かれたいるだけで、小学生高学年は七人程度。


 それでも、小さい頃から真名館に学んでいたワタルとその友人である菊池は、別に大した理由もなくココで剣道を学んでいる。

 もう一人のワタルの友人、相川のように彼らがいるから真名館で剣道を学ぶ者も少なからず存在する。


「お! 来たな?真名館のクセモノ共が」


 そいつは、どうも感じが悪いと言えばその通り、三白眼に背が少々高い少し大人びた彼らの同級生の佐々木小太郎。


「おう、今回こそは負けないからな佐々木」

 相川が彼らへと毒を吐く。


「まあ、今回も俺たちが勝つ……。それに、コチラには最新秘密兵器があるんだ」


 そう、腕を組むと佐々木は小学生とは思えないほど大人に見える。


「――へ、どうせ、カマかけに決まってりゃぁ!」


 彼が言うことに聞く気も立てずに、真名館共々はいつもと同じ体育館の端っ子へと荷を降ろして準備を始める。


 ワタルから見てアチラ側のクラブには大勢の生徒とその親が見えていた。

 特に大事な試合じゃないため、既にワタルたちの親はこんな試合には滅多に顔を出さない。

 それに、ワタルの母親は仕事で多忙のため、顔を出す機械があまりなかった。


 胴衣を身に着け、決められた時間が来るまではウォーミングアップが必要。

 普段の練習なら館長の号令の下で、稽古を始めるが体育館へ赴くと十中八九は敵側の『越谷茜小学校剣道クラブ』の牧田という若い館長と話をするため、ワタルと違って頼りがいある菊池が指揮をとり時間までの腕慣らしを始めた。


 道場同様に一度一列に並ぶと、初めの礼――それから一斉に面を被る。


 面を着けるスピードも日々の鍛錬。

 小中学生では、その面を着ける速度によって相手の実力を測ることができるのも確かな事実だ。


 勿論、大木田はその着ける動作一つも彼らに紐解いたことはない。

 彼らの上級生である先輩が小学生の後輩たちへと教えるのも一つの教え。

 そして、ワタルたち小剣士たちもそのことには気がついている。


 本能的なモノで、同志でありながらも競い合うライバルとして、その動作一つとて負けたくないのだ。

 素早くキリ上げて、練習へと入る先人たちの知恵でもある。



 面を左右交互に打つ『切り返し』へと入る。

 その面と共に出される叫び声が聞こえだすと、一瞬誰もが彼らを見惚れてしまう。


 その大人顔負けの気迫が『真名館』の真骨頂。

 あくまで、スポーツでありながらも剣道は武士道――

 審判もその気迫と剣が一致しなければ、どんなに相手の急所を突いたトコロで一本にはならないのが剣道というスポーツ。


 それを『気剣体一致』とも言う。


 それが剣道の基礎でもあり、真名館へと修行を積み重ねるうえで三つの心の次に学ぶ大切なことだ。


 次第に相手チームの掛け声も紛れ込んでくるようになる。

 そうなると、彼らは試合前に関わらず、自分たちの世界に陥るのだ。



 それを遠くから眺めている館長ら二人。

 元々真名館出身だった牧田からすれば、この交流も師の教えを忘れないための一貫ではあるが、ここ最近の勝ち続きでどうも場が悪く感じることもある。


「今回は、こちらが勝たせて貰うよ」


 そう、大木田が牧田へと腕を組み語る中、牧田はその気迫に負けていた。


「……ど、どうも。でも、今回はちょっと負けない気がするんです」

 そう、牧田の完全たる余裕な言葉にギロリと大木田はメスを入れる。


「試合はヤルまでわからないモノだ! それに、今回はあの岡崎もいるからね」


 そう、コチラも負けず劣らずに踏ん反り返るが、

「それだったら、こちらも一人最近入部してきた秘密兵器がいるんですよ……」


「ヘッ!戯けがっ! ワタルは市内大会準優勝、反則さえなければ優勝の剛腕だぞ? 彼に勝てる剣士が……」

「あ……、さっきと言っていること矛盾してますよ」


 あ……という感じで不機嫌に大木田は黙り込む。


「……まあ、見ていてください。彼は大将として参加します。

 よければ、岡崎くんと相ませてみたら――」

「コッチも大将に岡崎をポジションしているわ。

 ふんっ! ワタルの強さを思い知ればいい!!」



 時間になると、汽笛のような甲高い音が響き渡る。

 それが集合の合図だ。


 一度素早く面を外した彼らは一斉に集まる。

 そこで毎度の軽い挨拶の後に試合が行われる一面へと各館の代表者が勢揃いする。

 先方、次鋒、中堅、副将、大将と審判のいる上手側から順に並ぶ。


 そして、お互い闘う相手と相見ることになる。


 相手方の高学年のメンバーの中は先ほどの佐々木同様に同じ学校の同級生ばかりの――はずだった。

 その一人、ワタルの前に立った小学生の平均男性より少しばかし低く華奢な容貌の少年は彼ら『真名館』の輩が対面するのは初めての相手だった。


 相川の先方戦が始まると同時に、隣の副将を務める菊池へとひそひそ話を始めた。


「おい、菊池」

「なんだよ、ワタル。試合中だぞ?」


「オレの前にいた、あの女みたいな相手、オマエ会った事がことがあるか?」 

「いや、逢ったのは初めてだ。おそらく他校の奴なんじゃないか?」


 そんなコトを話しているうちに、相川は相手チームの先方の佐々木から面を取られる。

 相手チームを指す赤い旗が三本挙げられた。


 高い背筋から放たれる相手方先方の面打ちは、どんな相手だろうと近づくことができない完全要塞を構築している。


「一本取られたか――」


 菊池が悔しそうに、舌を打つ。

 相川が一本を取られたことで、ワタルの注目の的も、試合へと引き込まれていく。


 今のスポーツ剣道は、簡単に説明すると、面、胴、小手の三本のドレかを相手の隙を見て打ち込むゲームだ。

 モグラたたきを連想すれば簡単かもしれない。


 だが、それと違うとすれば、『気剣体一致』が一致しなければいけないのと、お互いが竹刀という竹棒で点を取られないように牽制しあうスポーツだ。


 ルールはとても簡単であるが、簡単ゆえに何通りもある選択肢、一瞬の判断力や瞬発力が必要になる。


 それだけでなく、小学生までの剣道には小学生なりの残酷なまでの問題がある。


 ――それは、成長と身長。


 強さに歴然の差が生まれにくい少年剣道の画然たる強者と弱者の違いは、未確定で不安定な成長にもよるのは仕方がない事実だ。


 実際に公式では出させて貰えないが真名館の中堅を務める『デカ女』と呼ばれる新妻は、そのあだ名通り警察みたい……という理由ではなく、背がデカいから、そう名付けられたアダ名であり、その成長は著しい。

  今いる真名館のメンバーでは次鋒を務める岡田より俄然デカい。



 だが、その成長差は、あることで埋め合わせることができる。

 それは、背が低い相川が背が高い相手に勝つために鍛えてきた秘策。


 不覚にも油断をしていた佐々木が油断した矢先――頭から軽やかなパンッという竹刀が奏でる音と『メン!!』という相川の細かな気迫が一致した。


 審判が先ほどと違う白旗を一人挙げ、それを見た副審が急いで白旗を挙げた。

 覆い隠された相川の神妙な顔立ちから思わず笑みが零れる。


 佐々木が油断をしたのも無理がない。

 剣道では正中線と言って基本として真っすぐ打つことが基本とされている――が、それだけが剣道の全てではない。


 そして、それが大木田がしてした技術面での特訓の成果だ。


 普通の剣道で小学生の勝敗が身長差になるのには他にも理由がある。

 それは、基本としての剣道しか彼らに教えないからだ。


 しかし、スポーツとしての剣道という観点で大木田が彼らに指導するとき、背が高い相手からなぜ一本が取れないのか――それは、練習での面打ちの際に正中面しか教えない道場が多いからだと理解していた。


 だが、それは実にオカしい事実でもある。


 剣道の練習の中には真名館が行っている『切り返し』という剣道での練習動作がある。

 それは面を左右に打ち込む作業、昇級試験でも使われる由緒正しき手法なのだ。


だが、正中線からズレているからという美しくないという観点から動きにあまりにキレがない以上、少年剣道では一本に辿りつくことが難しい。


 しかし、それは全国レベルの大人の剣士が誰もが使用している剣技でもある。

 

 そのためか、剣道という競技では大人レベルにまで達すると、強者が高身長であるという条件も少なくなる。


 佐々木は今までに切り返しという動作以外で横から突き出るように入る面を喰らったことがなかった。

 それだけに、今までにない動揺が体中に汗となり溢れ出してきた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る