第9話 神の右手

「アルシオラ、お前この飛行艇に何をした!?」

 異常な加速性能に、俺は思わず声を上げた。操舵室内の簡易シートに座ったアルシオラが笑い声を上げた。

 ここは大洋に出たばかりの地点。陸上の出力制限が解除されたので、スロットルを全開にした途端、強烈にシートに押しつけられた。なんだこりゃ!?

「この飛行艇の『本来の性能』だよ。徹底的にメンテして、エンジンに付いていたリミッターも外したんだ。元々この『ホーク2 SSR』は軍用みたいな飛行艇だし、ちょっと弄ったらこんな感じ。悪くないでしょ?」

 ホーク2ってのは、この飛行艇のモデル名、SSRというのはクラス。「スーパーショートレンジ」の略で、極短距離の頻繁な離着陸向けに設計されていたが、色々改造はしてある。大洋を跨ぐことも可能だ。

「……仕事はしたみたいね」

 副操舵席のリズがつぶやいた。

「やるって言った事はやるって。海に沈められたくないしね。まあ、『ホーク2 SSRエボリューション』ってところかな」

 アルシオラはご機嫌だ。まあ、いいこった。

「しっかし、こりゃ戦闘艇だぜ。なんだか、操舵もシビアになっているしな」

 今までは操縦桿のコントロールはセンチ単位だったが、ミリ単位になっている。まっ、体感だがな。

「そろそろスロットルレバーを巡航に戻さないと、アフターバーナーでエンジン焼けちゃうよ」

 アフターバーナーだと!?

 見ると、スロットルレバーのメモリには、『ミリタリー』と書かれた場所があり、そこにレバーがあった。

「お、お前なぁ!!」

 俺は慌ててエンジン出力を巡航状態に絞った。

 ああ、アフターバーナーってのは、魔力エンジンから発生した高温高圧ガスの吹き出し口に設置されている、いわば「もう1つのエンジン」だ。

 ちとマニアックな話しになるが、飛行艇や飛行船の動力である魔力エンジンに代表される魔力動力システムは、乗員が持っている魔力を使用する。つまり、単純にデカい推力が欲しければ、高い魔力が必要になる。簡単な話だろ?

 アフターバーナーは馬鹿みたいに強烈な魔力が必要なだが、アホみたいな推力が出る。排気口から派手に火柱を曳きながら飛ぶ姿は格好いいが、恐ろしく魔力を使う上に、エンジンの寿命を削るため、民間艇で付けている例はまずない。

 コイツに積んでいるのは、元が軍用エンジンだったので装置はあったものだが、経済性が極めて悪いので封印していたのだ。ったく、本当に余計な事しやがって。

「……リズ。コイツの操舵出来るか?」

「無理です!!」

 ……だろうな。操縦桿を1ミリ間違ったら海に一気にダイブだ。

「ちなみに、計算上は最高巡航高度は670メートルだよ」

 ……今までの倍以上じゃねぇか。民間高度ギリギリか。

「ったく、ロクな事しねぇな……」

 高度300で水平飛行に移行し、自動操舵装置を入れる。これで一安心だ。

「ふぅ、久々に冷や汗かいたな。もう少しマイルドにして欲しかったぜ」

 俺は操縦桿からそっと手を放した。よし、大丈夫だ。

「この程度平気でしょ。そこの駄女神には無理だろうけど……」

 アルシオラの声にリズが反応した。

「誰が駄女神ですって!?」

 そして始まる操舵室内の死闘。

「お前ら客室でやれ!!」

 色々大事な機械がある操舵室で暴れられた危ねぇ。俺は早々に2人を追い出した。

「ったく、ついに乗員までロクなのがいなくなったか……」

 俺の声は虚しく操舵室に響いたのだった。


 航海は順調に進んでいる。まっ、毎日のように「神戦争」は勃発しているが、せいぜいそんなもんだ。今日は目玉焼きを片面焼くか両面焼くかだったな。下らん。have

 俺は操舵室で新設された気象レーダーの画面を見ていた。ったく、こんなもん勝手に付けやがって……便利だがな。

「ん?」

 辺りの雲とは違う何かをレーダが捉えた。なにかが猛スピードでこちらに接近してきている。

「リズ、なにかが接近中だ。12時方向、距離1200!!」

 俺は隣のリズに声を掛けた。

「はい、こちらでも把握しています。ちょっと探ってみます!!」

 リズの体が燐光に包まれる。俺は自分の勘を信じて機関砲の安全装置を外し、自動操舵を切った。

「ドラゴンです。それも野生の!!」

 リズが声を張り上げた。

「へぇ、珍しいね。最近は絶滅したとも言われてるのに」

 アルシオラも珍しく驚きの声を上げた。

「ドラゴンか。友好的……なわけないな」

 基本的にドラゴンは凶暴な魔物である。人に飼い慣らされたヤツらと違って、派手な攻撃を仕掛けてくる。ツイてねぇな。

「ドラゴンに動きがあり。なにか強烈なのが来ます!!」

 リズの言葉を最後まで聞かず、俺はスロットルをミリタリーに叩き込み、飛行艇を急旋回させた。自動的にアフターバーナーが作動し、飛行艇は民間艇ではあり得ないとんでもない軌道を描いた。そのあとを強烈な火炎が通過していく。危ねぇ、やっぱり敵か。

「リズ、もう慣れただろ。操舵は任せた。アイツを堕とす!!」

「はい!!」

 元気な声が返ってきた。それでいい。

「アルシオラは客だ。そのまま座っていてくれ!!」

 飛行艇は、あっという間に交錯したドラゴンの背後に回り込む。リズの奴、いい腕してやがる。

 こちらの追尾を振り払おうとしてか、ドラゴンが急上昇をかけるが、ぴったり張り付いて離れない。

 やれやれ、これじゃまるで生粋の戦闘艇じゃねぇか。アルシオラの奴、やり過ぎだ。しかし、それが助かった。

 ドラゴンの鱗は極めて頑丈で厚く、通常の攻撃が効かないとは聞くが……。俺は照準を定めて引き金を引いた。

「ちっ、ダメか……」

 命中はしたが、全く手応えがない。機関砲に装填してあるのは、装甲をぶち抜くための徹甲弾だぞ。呆れた頑丈さだな。

「参ったな。切り札を切るか……」

 ……魔力砲。それしかないか。

「待って下さい。この飛行艇の魔力砲の出力では倒せません!!」

 リズが声を張り上げた。

「じゃあ、どうすりゃいいんだ。手持ちの武装が効かねぇんじゃ……」

 リズがため息をついた。

「全く気が乗らないのですが、この状況ではやむを得ません。セクメト!!」

 リズが声を上げた。

「あいよ、久々にアレやるの?」

 セクメトが嬉々とした声を上げた。

「やるしかないでしょ。急ぐわよ」

 何をやる気だ。嫌な予感しかしねぇ。

『行きます!!』

 そして、2人で声を合わせ、なにか呪文のようなものを唱え始めた。とりあえず、俺はドラゴンをひたすら追い続ける。こっちに手を上げた以上、ただじゃおかねぇ!!

 俺は効かないと知りつつ、ドラゴンに向かって20ミリを連射する。もちろん、結果が変わるわけじゃねぇがな。

 そして、2人の神は同時に叫んだ。

『怒神・滅びの雷!!』

 瞬間、飛行艇の先端からとんでもない光の奔流が発射され、ドラゴンを1発で消滅させた。すげぇな、こんな攻撃が出来ることも、このくらいじゃないと倒せない事も。

「ふぅ、こんなところです。戦闘で狂った進路を元に戻します」

 リズがスロットルを巡航レベルまで絞り、狂いに狂った進路を修正しようとした様子だが……。

「だいぶずれましたね。まあ、あれだけ飛べば当たり前ですが」

 リズが飛行艇を大きく旋回させた。

「あとは俺がやる。リズとアルシオラは休んでいてくれ」

 あれだけの大技を使ったあとだ。いくら神でも疲れるだろう。

「はい、分かりました」

「僕は寝るよ。久々で疲れちゃった」

 アルシオラは言うが早く寝息。ある意味凄い。

「では、私も仮眠を……」

 リズも速攻寝やがった。神ってのは色々な特技を持ってるもんだな。

「半日分くらい距離を損したな。まあ、今のコイツなら大した問題じゃねぇか……」

 飛行艇は安定している。気象レーダーには、これといった雲も映っていない。

「平和が一番だな。飛行艇屋にとってはな」

 なにもない。安全第一、それこそが俺の仕事だ。

 しかし、アルシオラのせいで、後にとんでもない事になるのだった……。


 アルセア王国は、この世界で2番目に大きな国だ。あらゆる産業が世界規模だが、工業も盛んで多数の傑作飛行艇や飛行船を造っている。

 俺の飛行艇はそのアルセア王国の南端にあるポートブリッツという港に接近していた。

『トラ、久々だが飛行艇を変えたのか? ぴっかぴかじゃねぇか』

 ポートブリッツからそんな声が飛んできた。

「ああ、お節介が2人いてな。勝手にやりやがった。お陰でほとんど新造艇だ」

 俺は無線で返した。

『へぇ、物好きもいたもんだな。3番に……おい、今緊急連絡が入った。ちょっと待ってくれ!!』

 ……なんか、嫌な予感がするぜ。

『王立空軍が大挙して接近中だ。お前、妙な客乗せてないか? 脱走兵がどうとか言っているぞ?』

 ……あ。

「アルシオラ!!」

 思い当たるのはコイツしかいない。

「アハハ、忘れていたよ。僕のミスだね」

 暢気に言ってる場合か!!

 その瞬間、副操舵席のリズが、アルシオラを縛り上げていた。普通の縄じゃねぇ。光り輝く何かでだ。

「私の力で作った網です。簡単には切れません。今すぐ捨てましょう!!」

 ……今回ばかりは同意だな。

「リズ、その辺から捨ててこい!!」

 軍隊を相手にするほど命知らずじゃねぇ。とっとと、災厄の元は捨てておくべきだ。

「アハハ、みんな酷いなぁ。僕が『復讐の神』だって知っているよね?」

 ……ヤバい!!

「リズ、投下は中止だ!!」

 俺は慌てて叫んだが……。

「聞こえません!!」

 うぉい!!

 しかし、投下作戦が実施される事はなかった。向こうから派手に撃ってきたのである。

「いきなり撃つか!!」

 その砲撃の凄まじさは、ポートブリッズの空港が瞬時に消滅した程だ。ちゃんと狙え!!

「あらら、『ダルメート級』戦艦の一斉掃射だね。僕1人に豪華過ぎるよ」

 アルシオラが人事のようにつぶやいた。

「相手の詳しい数は?」

 俺は誰ともなく聞いた。探知距離が短い気象レーダーでは捕まえられない。

「少なくとも20隻。戦艦1、駆逐艦10、戦闘艇9」

 アルシオラが暢気につぶやく。

「冗談じぇねぇ。逃げるぞ!!」

俺は急旋回で一気に飛行艇を加速させた……が、足のトロい大型艦船はともかく、さすがに戦闘艇は速い。

「9隻急速接近中。逃げ切れる確率コンマ以下です!!」

 アルシオラを適当に放り出し、リズが叫んだ。

「……不本意だが、やるか」

 俺は機関砲の安全装置を外した。

「いやいや、さすがに9隻は無理でしょ。ここは僕が……」

 アルシオラの体が妖しく光る。おいおい、なんかやる気か!?

「まずは後衛の大型艦から……」

 ここからは見えないが、絶対なんかやった。

「こ、後衛艦全滅。なにやってるの!!」

 リズが叫ぶ。ほらな。

「フフフ……神に喧嘩売ったらどうなるか見せてるだけだよ」

 全く悪気のないアルシオラの声に、俺は不覚にも戦慄を覚えた。

「戦闘艇9隻転進、逃げていきます!!」

 リズが叫んだ。

「もう遅いよ。容赦はしない……」

 いちいち怖いぞ。

「よせ、背中を向けている奴は放っておけ!!」

 俺は慌てて叫んだが……。

「残念。もう全滅させたよ」

 ……なんてこった。やり過ぎだ!!

「とにかく逃げるぞ。シャレになんねぇ!!」

 俺は飛行艇をポートブリッジに向け、全速で逃げ帰ることにした。


 後日談だが、妖しい光線を発する1隻の飛行艇が、軍隊の艦隊を1つ一瞬で消滅させたという話しは語りぐさになったという。

 全く……まともな奴はいないのか!!

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