第8話 またまた降臨

 ポートブリッジから飛ぶこと25分。サレッサ群島と呼ばれる小さな島の密集地帯がある。目的地はそこのコモド島。馴染みの整備工場がそこにある。

 それは、ポートブリッジを離陸して15分後に起きた。

「トラさん。右舷側から小型艇が接近してきます。このままだと5分後に衝突します」

 すっかり便利アイテムのリズが警告を発した。

 右舷側を見たが、ここからでは何も見えない。

「よし、衝突回避しろ」

 リズに操舵を任せ、俺は無線を……

『前方の飛行艇さん、退いてぇぇぇ!!』

 国際非常無線の周波数で、まだガキの声が飛び込んできた。うちだろうな。きっと。

「おい、誰だか知らんが高度を50メートル下げろ。こっちは50メートル上げる!!」

 素早くリズが反応し、飛行艇の高度を50メートル引き上げた。

「小型艇高度上昇。真っ直ぐ突っこんで来ます!!」

 なんだって!?

「おい、なんで上がってくるんだ!!」

 俺は無線に声を叩き付けた。

「高度ってどう下げるんですかぁ!?」

 ……無免許か?

「上げられるなら下げるのは逆だ。とにかく落ち着け!!」

 その間にも、リズが衝突回避の操舵を必死に続けているが、わざととしか思えないほど、ぴったり俺の飛行艇を追いかけてくる。なんだコイツは!!

「リズ、相手の型番と所属は分かるか?」

 確認のため、俺はリズに聞いた。ここまでやられたら気になるってもんだ。

「はい……。機体番号からするとアルセア王国ですね。アルセア空軍の連絡艇です!!」

 さすが神様パワー。そこまで分かるとはな。

「アルセア王国っていったら、大洋の向こう側じゃねぇか。いくら小型艇で足が速いっていっても2週間以上は掛かる。なにやってやがるんだ、このポンコツは!!」

 無線でガキがギャーギャー騒いでいるが、とりあえず無視してどうしたものかと考える。そして、決意を固め機関砲の安全装置を外した。

「トラさん!?」

 リズが声を上げた。

「安心しろ。エンジンに2、3発当てて黙らせるだけだ。ぶつけられたら堪らねぇ」

 この腕でパニックを起こしているんじゃ、まともな不時着水は難しいだろう。しかし、こっちも命が掛かっている。こうなったら、最後の札を切るしかない。

「待って下さい。私が「穏便」に対処しますので……」

 リズから強烈な光が放たれた。出来るなら最初からやれ!!

 ちょうど操舵室3時方向に見えていた小型艇に、いきなりど派手な音をまき散らしながら雷が落ちた。エンジン停止どころじゃねぇ。小型艇は木っ端微塵に吹っ飛んだ。

「おいこら、どこが穏便なんだ!!」

「ちょっと力加減を間違えましたが、大丈夫です。操縦士は気絶していますが、ちゃんと生きています。これから外部通路に引き上げます」

 ったく、どいつもこいつも……。

「お前は介抱してやれ。1度ポートブリッジに引き返す。さすがにこのままドック入りさせるわけにはいかないからな」

「はい、収容終わりました!!」

 俺は飛行艇を180度旋回させ、飛び立ったばかりのポートブリッジに引き返したのだった。          


「ご、ごめんなさい!!」

 いかにも軍人という感のある飛行服を着た、まだケツの青いガキンチョ娘が客室内でひたすら半泣きで謝っている。はぁ……。

「謝罪はもういい。お前さん、なんでこんな場所に迷い込んだんだ?」

 俺はガキンチョに聞いた。

「はい、自動操舵装置の設定を間違えたみたいで……寝て起きたら、どことも知れぬ海の上で……」

 肩を落としながらガキンチョが言う。本当にポンコツだな。

「小型でも軍用艇なら、ちゃんと気の利いた航法装置が付いてるだろ?」

 俺のボロ船だって、ちゃんと大洋を渡りきるだけの航法装置を装備してある。軍用艇にないとは言わせないぜ?

「はい……実は、私の本職は整備士なんです。飛行免許は持っていますが、テスト用で……。人手不足で連絡任務を受けたのですが、いきなりの事にパニクってしまって……」

 ……誰だ、コイツに免許を渡したヤツ!!

「まあ、いい。それはいいとして、何でつきまとったんだ? パニクっていた割には妙に正確な操舵しやがって……」

 そう、これが最大の謎だ。ありゃあパニクってるヤツの動きじゃねぇ。

「それは……心の中のフォース的な何かが、とにかく食いつけと……」

 ……頭が暑さで干割れたか?

「頭の中をサーチしました。整備士は本当ですが、あとは全部嘘です。この飛行艇につきまとったのは興味本位ですね。トラさんの腕を見たかったようです」

 リズがガキンチョを睨みながら言う。怖い。マジで。

「うぎゃあ、なんで分かるんですか!?」

 リズは神だからな。

「もう1つ。この子も神です。ねっ? セクメト?」

 ガキンチョの動きが止まった。

「な、なんで……」

 こりゃまた、話しがデカくなってきたな……。

「私の正体はバステト。そんなに天界は暇ではないはずですが……」

 リズの全身が光に包まれ、神様状態になった。うむ、何度見ても神だな。拝んでおくか。

「あーあ、バレちった。もう、仕方ないなぁ……」

 ガキンチョの体も光に覆われ、あっという間に体が変わる。人間ではあるが、頭がライオン。なんだこの神様の嵐は!!

 面倒臭いのでリズと呼ぶが、ガキンチョが神になった瞬間、客室の片隅に放りこんであった予備の係留用ロープでその体をがっちり縛り上げてしまった。な、なんだ?

「この子は『復讐』の神です。さっさと海に捨てましょう!!」

 リズ、さっきから怖い。

「あら、こんな趣味があったのですね。バステトも意外とアブノーッ!!」

 ……神猫パンチ。右フック爪入り。一発で死ぬぞ。

「トラよりポートブリッジ。なるべく早く離陸許可を求める!!」

「ちょっと待て!!」

 戦闘態勢のリズを何とか引き留め、俺はリズが肩から下げていた無線機を奪い取った。

「ポートブリッジ。今のは取り消す。すまんな」

 それだけ言って無線機を床に放り出し、俺はリズを……殴れるか!! 女だし神だぞ!!

「お前らの仲が悪いのは分かったから、まずはどっかに座れ」

 ……やれやれだぜ。全く。

「で……セクメトだったか? 何しに来たんだ?」

 俺はいまだ縛られたままのライオン頭に、ため息交じりに問いかけた。

「はい、神の視察が近いのでその準備を。これでも、結構忙しいのです!!」

 ……そうは見えんがな。

「で、リズ。お前なんでそんな嫌いなんだ? 神同士だろ?」

 俺はひたすらセクメトを睨み続ける、非常に怖いリズに声を掛けた

「嫌いなんじゃありません。危険なんです!!」

 うぉ、怖い。俺をビビらせるとは……。

「心外だなぁ。無差別殺人しているわけじゃないのに。今回は本当に下準備。ついでに挨拶がてら遊びに来ただけだよ。そんなに警戒しなくてもいいじゃん」

 セクメトは自力で縄を解き、客席に座った。

「トラさんは私の後ろに……」

 言いたい事はあったが、今のリズに言えるほどの度胸はない。俺だって怖いときは怖い。

「……立ち去りなさい。ここで戦ってもいいのですよ?」

 おいよせ、飛行艇が消える!!

「リズ、頼むから戦うな!!」

 やっと言えた。これは言わねぇとな。

「嫌だなーもう。僕は戦う気なんてないよ。つまらないもん。よっと……」

 セクメトは神体勢から人間の姿に戻った。「僕」とか言っているが、見た目は女のガキンチョだ。

「……分かりました。とりあえずは、聞き入れましょう」

 リズも人間体形に戻り……やっぱりセクメトを睨んでいた。いちいち怖い。

「さてまあ、なんだ。セクメトと言ったな。当然、「人間名」はあるんだろ?」

 俺はセクメトに問いかけた。

「あるよ。僕の事はアルシオラって呼んでね。それより、僕が接近した時ってちょうどドック入りさせる途中だったんでしょ。僕も今思考を読んだんだけど……」

 勝手に読むな。気持ち悪い!!

「僕は整備士。可能な限り直すよ。その代わり、アルセア王国まで運んでもらえると助かるな。図々しいのは承知で言ってるけど……」

「誰があんたなんか!!」

 ……慣れてきた自分が怖いぜ。

「分かった。ドック代も安くねぇしな。但し、飛行艇に変な事をしたらただじゃおかねぇ。それだけは覚えていてくれ」

「トラさん!!」

 俺はリズを前足で制した。

「分かってるよ。操縦士が自分の飛行艇にどれだけ思い入れがあるか、僕もちゃんと見ているからね。さっそくだけど、上空ですら分かったんだけど、この飛行艇は結構フレームが歪んでいるよ。なにかにぶつけた?」

 ああ、デカ蛇にぶつけたさ。言わないけどな。

「まあ、ぶつけたな。なんかこう、長細いヤツにな」

「ああ、破壊神に突貫したの。熱いねぇ」

 ……いちいち頭の中を覗くな!!

 こうして、ライオンの頭を持つ復讐の神による修理が開始されたのだった。

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