第10話 神の飛行士(終話)
「いよいよです!!」
リズが気合い入れながら、夜も明けないうちから飛行艇を磨き上げている。
「僕も真面目にやらないと、さすがに消されるからね」
エンジン周りを入念にメンテしながら、珍しくアルシオラも真面目だ。
いつもこうあって欲しいものだが、今日はいよいよ神様視察団ご一行がやってくる日だ。事前に渡された要望書では、どこかに着陸する必要はなく、ここを起点にぐるっと世界を回ればいいらしい。まあ、時間こそ掛かるがイージーな仕事だ。
「途中で下りなくいいって言っても、神のお前らは知らんが、俺は飯を食う。補給が必要になるから、そのつもりでいてくれ」
一応、俺は2人にそう伝えてある。しかしまあ、神に目を付けられるとは、随分と出世したもんだな。
「予定ではあと30分ぐらいで到着します。準備はいいですか?」
リズが操舵室のドアを開け、いつになく緊張した様子で声を掛けきた。
「こっちは問題ねぇ。もっと肩の力を抜け。いい仕事が出来ねぇぞ」
俺はリズに返した。
「はい。今回は予定が変わって、父上……最高神ラー様が単独で来るようで。セクメト合わせてもう必死ですよ。私もセクメトも最高神の守護神ですからね」
……なんだ、リズもアルシオラも、結構お偉いさんだったんじゃねぇか。まあ、それで扱いを変える俺じゃねぇが。
「下手に特別扱いはするな。失礼になる場合がある」
俺はそう言って、自動操舵装置の設定に掛かる。いつもの作業だ。無線を聞き流している限り、今日のポートブリッジはいつにも増して混んでいるようだ。
『トラ、指名客だ。そこそこ歳がいってる男性1名。受け入れ大丈夫だよな?』
……来たか。
「ああ、大丈夫だ。部屋をキンキンに冷やして待ってるさ」
しばらくすると、ターミナルから車が1台近寄ってきた。乗っているのは空港職員と客が1名。いつもと変わらない。このクソ暑いのに、ピシッと黒スーツを着込み、やはり黒い帽子を被っている。暑くないのかねぇ……。
「さて、出迎えくらいはするか……」
別に特別なことじゃねぇ。客に挨拶するのはリズに任せていたが、今日くらいは顔をだしておいた方がいいだろう。一応な。
操舵室から出ると、強烈な熱気が押し寄せてきた。こりゃ暑いな……。
飛行艇の近くに付けた車から、客が降りてきた。一挙一動が優雅とさえ思える身のこなしだ。さすがだな。
「あなたが今回お世話になる方ですね。よろしく」
車から降り立った初老の男性は、そう言って脱帽した。神に礼されちまったぜ。
「しがない飛行艇屋に礼は勿体ないぜ。それより、早く客室に移動しようじゃねぇか。これじゃ、目玉焼きになっちまう」
暑い、とにかく暑い。
「確かに暑いですね。しかし、私は太陽司る神。この程度ならば……」
好天だった空港上空にいきなり雲が現れ、雷鳴を伴う猛烈な雨が降り始めた。
「やり過ぎだ!! とにかく急いで客室へ!!」
俺たちは慌てて飛行艇に避難した。俺は操舵室に飛び込み、無線を垂れ流す。
結果的にこれが功を奏したようで、ポートブリッジ周辺の飛行船や飛行船がダイパード……目的地の変更をした。
「ポートブリッジ、空いた今がチャンスだ。離陸するぞ!!」
『おい、よせ。離陸は許可できない。この天候じゃ自殺行為だぞ!!』
管制から予想通りの答えが返ってきた。
「何時間も待ってられねぇ。急ぎの客なんだ。通れる場所くらいあるだろう?」
『ああ、まるで通り道みたいに、雲の間だに奇跡の『道路』』がある。まさか、そこを通るつもりじゃないだろうな?』
よし、気合い入れていくぞ!!
「そのまさかだ。俺の腕は知っているだろ?」
俺は飛行艇の操舵にかけては、絶対の自信がある。荒れ狂う暴風も拳で切り裂け!! ってな。
『……分かった。離陸を許可する。離陸直後に90度旋回しろ、かなりキツい操縦になるぞ!!』
……上等だ。
その時、リズとアルシオラが操舵室に入ってきた。
「離陸許可が出た。早く準備しろ!!」
いつもの癖なのか、副操舵席にリズが収まり、アルシオラは後部の予備席に座る。
「こんな天候で離陸ですか?」
リズが確認するように聞いてきた。
「ああ、腕の見せ所だな」
俺は暴風吹き荒れる中、飛行艇を半ば無理矢理離陸させた。管制の指示通り一気に90度旋回させ、「雲の通り道」に突入した。ここで役に立つのが気象レーダーだ。うっかり雲に突っこんだら、そりゃもう楽しい事になるだろうぜ。
こうして、「空の回廊」を抜け、大洋に抜けたのだった。
視察といっても、特に何をする訳ではない。ただ、超低空で飛ぶだけだった。この調子なら2ヶ月もあれば終わだろう。今は最後に残ったプレシオ大陸に接近していた。
「高度100。限界安全高度」
リズ声が響いた。上出来だ。
「しかし、こんなので視察になるのか? 地上に下りもせずに……」
俺はずっと疑問に思っていたことを、そっくりそのままリズに聞いた。
「大丈夫です。天界からは見えない細かいところを、『神の目』でチェックしているだけなので」
よく分からないが、大丈夫ならそれでいい。
「さて、この旅最大の危険地帯だ。プレシオは貿易でしこたま稼いでる国でな、大洋を渡る商船は必ず寄るっていうくらいだ。当然大金が動くわけで、それを狙う空賊も多い。まあ、見つからんといいがな……」
言わずともリズが燐光を放ちながら、辺りを探り始めていた。もはや見慣れた光景だ。
「僕は何すればいいの?」
ふぅ、面倒な奴が面倒な事を言い出した。言うまでもなくアルシオラだ。
「お前はそこに座っていろ。変な事するなよ」
俺がアルシオラに釘を刺している間に、リズが何かを見つけた。
「大型の飛行艇が急速接近してきます。6時方向!!」
……真後ろか。
「戦闘態勢。高度300まで上昇!!」
ほらみろ、言ったそばからこれだ。
『なかなかいい腕してるな。俺たちは『アルフレッサ空賊団』。客船のようだが全部置いていけ。飛行艇だけは残してやる』
いきなり、国際緊急無線ががなり立てる。
……ちっ、アルフレッサだと。この辺りを根城にしている空賊団の中では最大で、高性能な飛行艇を持っていることで有名だ。
「……本気でやるか。リズ、アイツを堕とすぞ。操舵は任せた!!」
叫びながら、俺は機関砲、魔力砲、全ての安全装置を外した。相手がそれだけ強敵なのだ。
「トラさんの心意気、確かに受け取りました。行きます!!」
なんか妙に男くせぇセリフ吐きやがったな。俺が渡したのは操舵だ。まあ、やる気ならいいが。
飛行艇は設計高度を大きく超えた、驚きの高度1500メートルの高みまで一気に駆け上がった。そして、間髪入れず急降下。気持ち悪い……。
こちらにくっついて、上昇に転じて動きが鈍った敵の飛行艇に、軽く機関砲弾を叩き込む。エンジンを狙ったが、なかなかいい勘をしているらしく、見事に避けてどうでもいい場所に命中した。
噂どおり、いい腕をしてやがる。普通はケリがついてるぜ。
『ほう、これは楽しめそうだな』
うるせぇ!!
『こちらからもいかせてもらおう』
急降下で圧倒的な速度差があるにも関わらず、どんなマジックを使ったのか、しっかり後方にくっついてきた敵からの斉射があった。それをリズはエルロン・ロールでかわしローリング・シザー……ああめんどくせぇ!! とにかく複雑な動きだと把握してもらえれば結構だ。基本的に飛行艇同士の戦いは背後の取り合いだ。ケツについて機関砲をぶっ放したほうが勝つ。
リズも凄いが相手も凄い。こんな壮絶な空戦なんかまず滅多にねぇ。
『そろそろへばってるだろ?』
相手から無線が飛んできた。
「お前がな!!」
なにせ、操舵しているのは神だ。負けるわけがない……はずだ。
「トラさん、この戦闘が終わったら結婚して下さい!!」
俺はすっこけそうになった。いや、シートベルトをしていなかったら、確実に椅子から落ちていた。
「分かったから、死亡フラグ言ってないで真面目にやれ!!」
後になり、この俺が適当に叫び返した言葉が、とんでもない事態を引き起こす事になったのだが、今はそれどころじゃない。
「神は死にません。あなたが好きだからぁ!!」
リズがいきなりテンションアップになった。燐光どころか猛烈な光に包まれた。おいおい……。
すでにギシギシいっていた飛行艇だが、今にも分解しそうな音を立ててさらなる得体の知れない機動を繰り返す。なんて名前だったっけなこれ?
もちろん、俺だって砲撃はしているが、肝心な場所に当たってくれない。魔力砲でぶっ飛ばすにしても、もう少し相手が弱ってからでないと不可能だ。そうこうしているうちに、相手の砲弾も飛んでくる。神だが神がかった動きでかわすリズ。こうやって、ひたすら相手の背後を取り合う戦闘をドッグファイトという。犬の喧嘩に似ているからだ。
「そろそろケジメ付けねぇと飛行艇がもたねぇ。魔力砲でいくぞ!!」
俺はコンソールのボタンを叩いた。
『エネルギー充填30%』
トロい大型船相手ならいいが、機敏な動きをする小型艇とのドックファイトには向いていない武器だが、これ以上ガチでやり合っていたらもたねぇ。そして、エネルギー充填が完了。あとは撃つだけで機を待つ。そして、敵は一瞬真っ正面を横切った。
「発射!!」
さすがに神の雷ほどではないが、派手な閃光と共に光の奔流が敵に叩き付けられた……が。
「なんだよ、あの頑丈さは!?」
クリーンヒットこそしなかったが、船体の半分はぶっ飛んだはずなのに、敵はまだ空に健在だった。
『ハハハ、やられたぜ。今日は引き下がってやる。次会ったら海に叩きおとしてやらぁ!!』
「敵、こちらから離れて行きます。追撃は?」
……まだやる気かよ。まっ、そのぐらいの気合いじゃなきゃ、今頃は海水浴だ。
「不要だ。さっさと高度を下げて目的を達成しよう。アルシオラ、『客人』の様子を見てこい」
もちろん、忘れちゃいねぇ。しかし、派手に暴れるしかなかった。
「はーい、行ってきまーす!!」
どこまでも陽気なアルシオラが、操舵室から出ていった。
「さて、邪魔者が消えたところで……。トラさん。覚えてますよね?」
柔らかな笑みを浮かべながら、リズが神姿に変わった。
「……え?」
覚えてない。以上。
「え? じゃないですよ。私と結婚してくれると言ってくれたじゃないですか。だから、思い切り頑張りました!!」
……あー!!
「場違いな冗談じゃなかったのかよ。っていうか、神と猫の結婚なんて聞いた事ねぇ!!」
「神は冗談を言いません。嘘は言いますけどね。私と結婚するという事は、トラさんも神に……!!」
なんか、変な商法みてぇだな。
「なんで俺なんだよ。猫なんて腐るほどいるだろ?」
全く、ワケが分からねぇ。
「人を好きになる事に理由はありません!!」
ああもう!!
「俺は『人』じゃねぇ。他を当たれ!!」
……屁理屈だな。我ながら。
「もう、面倒ですね。えい!!」
俺の首に違和感。首輪!?
「結婚指輪です。他に最適な物がなくて……ほら、私の首にも」
気づかなかったが、リズの首にもしっかり首輪が付いている。俺にそんな趣味はねぇ!!
「本気で怒るぞ。こんな結婚、無効……」
リズの体が光りに包まれ、俺は言葉を引っ込めた。
「トラさん。これ以上グダグダ言うと、私も怒りますよ?」
ひでぇ、勘弁してくれ!!
「あーもう、分かったからその強烈な殺気を鎮めろ!!」
こうして、俺はリズと結婚するハメになった。お前らも迂闊な発言は気を付けろよ。
「何の因果かな。俺はこういう運命か……」
ここは天界。地上育ちとしては、奇っ怪な世界としか言えない。
俺はそこで「飛行艇屋」をやっていた。今まで移動は1度地上に下りなければ移動出来なかったところに、俺が飛行艇屋を始めたお陰で格段に移動効率が上がったと、常に満員御礼の運行だ。
「天職ってあるものですね。神が言うのもなんですが……」
副操舵席に座るリズが微笑む。バステトと呼ぶべきだが、なんだか気持ち悪いので地上名で呼んでいる。
「整備完了。いつでもイケるよ」
アルシオラ……こちらもセクメトだが、面倒なので呼ぶ時は変わらず俺は地上名を使っている。
「よし、行くか!!」
天界仕様に改装した飛行艇は、なかなか操舵が難しい。しかし、リズは器用に操っている。俺の出番はない。
こうして、神になった俺は今日も空を飛ぶ。そう、飛ばねぇ猫はただの猫だ!!
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