第5話 リズの正体

 今回の客は久々に片道客だった。空荷じゃ稼ぎが悪いので1日だけ客待ちをしたが、そうそう都合良くいるものではなく、空港使用料が報酬を上回る前に飛び立った。

「よし、仕事完了だな。まだ、仕事を完全には任せられないが、一応採用としておこう。断ったら暴れそうだしな」

 俺はリズにそう言った。瞬間、狭い副操舵席でリズが飛び跳ねた。

「やったー、これでゴミ漁りしないで食事出来るぅ!!」

 ……そんな事していたのか。こいつは。

「ただな、1つ聞いておく。お前、時々体を光らせるだろ。魔法とも違うみたいだし、ありゃなんだ?」

 俺が言った瞬間、リズが固まった。

「あ、あれ、見えちゃったんですか?」

 冷や汗をダラダラ流しながら、リズがギギギーっとこちらに頭だけ向ける。

「悪いが視力はいい。猫にしては珍しくな。答えろ。なんだ?」

 余談だが、基本的に猫は視力が悪い。しかし、動体視力はいいので、動く物に対しては猛烈に反応出来る。意外だろ?

 さて、そんな事はともかく……。

「あ、あの……アナタハカミヲシンジマスカ?」

 ……なぜ片言になる?

「まっ、信じてないわけじゃないが、別にどうでもいいな。こんな商売やってりゃ、たまには神頼みくらいはする。それがどうした?」

 俺は操縦桿を大きく左に切った。エメラルドグリーンの海がよく見える。

「で、では、私が『神』だと言ったら?」

「医者に行け」

 リズの問いをバッサリ切った。与太話にもならん。アホか?

「では、これでは?」

 リズの体が激しい光に包まれた。そして、出現したのは体は人間だが、首から上は猫……。

『プルアップ!! プルアップ!!』

 操舵室内に警報が流れる。

「うぉぉぉ!?」

 海面から数メートルで何とか飛行艇を立て直し、俺は1つ息をした。

「やっぱり驚きました?」

 口調はリズだが姿が……猫で知らなきゃモグリだ。バステトという猫の女神である。

「た、大した仮装だな……」

 操縦桿を握る手がガタガタ震えるが、それを気にしないで俺は努めて冷静に言った。

「仮装ならいいんですけどねぇ……。ちょっと最高神とやりあっちゃって、地上に逃げてきたんです。まあ、1000年もすればほとぼりも冷めるでしょうけれど……」

 なにやってんだ。全く……。じゃねぇ!!

「なんで神がこんなところにいるんだ。現れるなら、もっとなんかこう神殿的な場所だろ!?」

 どう考えたっておかしい。こんな場所にいたらおかしい存在だ。

「あれ、トラさんの飛行艇は神の間ではかなり有名なんですよ。ポートブリッジは元々神が地に下りる場所ですからね。ちなみに、さっきキアラ島に送ったのは異国の神……えっと、確かエビスさんだったかな? そんな感じで……」

 ……

「リズ、操舵代われ。頭が痛くなってきた……」

 神を使うのか、俺よ……。

「はい、このままじゃやりにくいので……えい!!」

 バステトは再びリズに戻った。

「頭痛いところ悪いのですが、中型の接近してきます。数は1。ドクロマークを掲げています!!」

 ……ちっ、海賊ならぬ空賊か。この界隈にはよく出る。

「馬鹿野郎。空荷の船襲ってるんじゃねぇ」

 国際的な法律により決められている。旅客や貨物を扱う商用の全ての飛行艇や飛行船は最低限、自衛のために武装する事。この飛行艇もそれに従って機関砲程度は備えてある。

「リズ、あのアクロバットの腕を見せろ。武器は俺が扱う!!」

 神でも何でもいい。俺は飛行艇の操舵をリズに押しつけ、コンソールパネルのスイッチを立て続けに弾く。武装の安全装置が外れた事を示す警報が短く1回鳴り、迎え撃つ準備は出来た。同時に緊急救難信号発信。

「トラよりキアラ島空港。賊が出た。救援を求める!!」

 ……返事がない。仕方ないな。

「キアラ島周辺の全飛行艇並びに飛行船へ。賊が出た。場所は……」

 必要最低限の情報を録音し、国際緊急無線の周波数でひたすらばらまく。これでいい。

「目標接近中。接触まで120秒!!」

 リズの声が聞こえ、俺は操縦桿を握った。

 ちなみに、俺はあまり銃の腕が良くない。相手がヘボな事を祈るまでだ。気が付けば、リズはいつもの燐光に包まれていた。

「敵、6時方向距離3キロに接近中。始めます!!」

 言うが早く、リズが操縦する飛行艇は戦闘モードに突入した。

「全く、客がいなくて良かったぜ……」

 これで客がいたら、後のフォローが大変だった。

「敵、加速。一気に距離が縮まっていきます。砲撃用意!!」

「了解」

 リズに応え、おれは操縦桿に付いている射撃ボタンに手を掛けた。コイツに搭載してある機関砲は20ミリ2門。射程は軽く2キロを越えるが、有効射程は1キロ以下だろう。命中すれば、オンボロ飛行艇くらい粉々にする威力がある……命中すればな。

「距離750メートル。敵、射撃!!」

 相手から射撃があった。リズが操る飛行艇は器用にかわしていく。

「正当防衛射撃。行くぞ!!」

 俺は射撃ボタンを押した……あれ?

「……故障だ。整備していなかったからな」

 ったく、ついてねぇ。

「あああ、すいません。この飛行艇を改装した時に1度機関砲を下ろしたのですが、うっかり載せ忘れました!!」

「アホぉ!!」

 ここまだキアラ島から近い。警備艇が上がってくるのを待つしかない。

「大丈夫です。飛行性能はこちらの方が上です。『機動』で何とかします!!」

 機動……マニューバともいう。空中での動きの事だ。

「リズ、コイツは旅客艇だ。あまり無理してぶっ壊すなよ!!」

 俺はシートベルトを気持ちキツく締め直した。

「分かっています。でも、これくらいなら……!!」

 なんて説明すればいいんだ。まあ、簡単に言うと、リズは相手を6時方向……すなわち、真後ろギリギリまで引きつけ、左旋回しながら急降下させた。慌てて相手も急降下に入った。

 リズはわざとつかず離れずの距離で、海面ギリギリまで引っ張り、一気に急上昇に転じる。ここで飛行性能と腕の差が出た。

 当然、相手も付いてこようとしたわけだが……急降下でついた速度を殺しきれず、そのまま海面に叩き付けられて粉々に砕け散った。

「マニューバ・キルか。民間艇では滅多にないだろうな……」

 武器を使わず機動だけで撃墜する事をこういうのだが、軍用艇ならまだしも民間艇でやったなんて話しは聞いた事がない。また、ポートリッジの語りぐさが増えたな。

「やりました!!」

 リズがサムアップなんぞしながら笑顔で叫ぶ。

「ああ、よくやった」

 俺もサムアップなんぞしてみる。まあ、悪い気分じゃねぇな。

「ところで、お前の事はなんて呼べばいいんだ。リズか? バステト様か?」

 俺はわざと聞いてみる。まさか神さんが乗員とはな……。

「当然、リズです!!」

 やっぱりな。今さらだ。

「じゃあ、リズ。しばらくここで旋回させろ。救助がくるまでな」

 眼下には粉々になった飛行艇。勝負あった今は敵ではない。救難信号は出しっ放しにしてある。

『キアラ島よりトラへ。すまん、配電盤の故障で一時システムがダウンしていた。救難信号を受信したが、どうした?』

 まっ、田舎の空港なんてこんなもんさ。

「空賊だよ。撃墜してやった。現場上空で旋回中。さっさと救助してやれ」

 こうして、夏の1日は過ぎていったのだった。


 ポートブリッジは相変わらず暑かった。今日は集中整備なので仕事はない。

「それにしても、こう言ってはなんですが、結構年季が入った飛行艇ですよね」

 額の汗を拭いながら、リズがポツリと漏らした

「ああ、コイツは10年前に解体屋からタダ同然で引き取ったやつでな。法を守れる最低限の航法装置しか付いてねぇ。製造会社が軍用艇しか造った事がなくて、初めて民間艇を造ったモデルがこれなんだが、経験がなくてうっかり軍用スペックで造っちまってな。まぁ見た目はボロだが、頑丈で上空で粘るいい飛行特性を持っている。まだ10年は飛べるな」

 整備の手を休め、俺は猫用タバコを咥えた。

「そうですか……でも、エンジンは軍用の最新鋭ですよ」

 ほう、気づいたか。

「PWFT-2003-ERJ F1100-100だ。ちょっとツテがあってな。無理矢理横流ししてもらったんだ。これでも「オトモダチ」は多いんだぜ」

 俺はそう言って笑みを作る。もっとも、猫は表情筋が少ないから、笑みにみえてりゃいいが……。

「へぇ、さすがです。猫の身でありながら空を飛ぶ男。神の間でも有名ですからね」

 ……忘れちゃいけねぇ。リズの正体はバステト。猫の女神だ。

「トラさんは休んでいて下さい。私は問題箇所を探してきます!!」

 体に燐光を纏わせながら、リズが船内に消えていった。神なのに偉ぶらずよく働く。悪くない。

「さて、俺も働くか。リズばかり動かしても仕方ねぇ」

 ちびたタバコを放り捨て、俺は船内に戻った。派手に燐光を撒き散らかしているので、リズの居場所はすぐに分かる。

「あの、ここなんですけど……。どれがどのワイヤーか……」

 リズが困った顔を向けてくる。ここは各翼の動きを司るワイヤーが集中する点検口だ。この飛行艇の重要ポイントである。

「どのワイヤーだ?」

 リズを押しのけて点検口に頭を突っこんだ俺は、這い回る多数のケーブルをざっと目視で確認したが、特に異常は見当たらない。

「尾翼のワイヤーです。いつ切れてもおかしくありません」

 リズはそう言うが、そうなると工場に入庫だ。俺がどうにか出来る範疇を超えている。あるいは……。

 俺はトランシーバを取り、いつもの周波数に合わせる。

「おい、暇か?」

 我ながらひでぇな。

『分かってるだろ。暇に決まってるじゃねぇか』

 不機嫌そうな声が返ってきた。相手はポートブリッジ空港を飛び越え、すぐ近くの整備屋だ。

「仕事だ。俺の手じゃ足りない」

 俺は手短にそう言った。これで通じるはずだ。

『なんだ、そう言え。15分でそっちに行く』

 以上、交信終わり。

「本当に顔が広いんですね」

 リズか関心したように言う。

「なに、この稼業をやってりゃこのくらいは当たり前だ。さて、不具合箇所のピックアップだけでも済ませよう」

「はい!!」

 こうして、俺たちは飛行艇中を走り回ったのだった。


「えっ、廃棄処分?」

 リズが声を上げた。相手は俺が知る限り、最高の整備士集団だ。その中の老獪な整備士が、廃棄処分が妥当という判断を下したのだ。

「やっぱり、もうダメか?」

 俺は冷静に受け止めた。もう何年も前から言われていることだ。

「ああ、個人で飛ぶならともかく、客を乗せて飛ぶとなるともうそろそろ潮時だな。あと数年が限界だろう。修理するより新造した方が安いだろうな」

 俺はこいつらに全幅の信頼を置いている。ダメだというならダメだ。

「分かった。手間をかけたな。これは報酬だ」

 俺は金貨100枚を手渡した。

「これが仕事だ。また何かあったら呼べ」

 整備士たちが去ったあと、リズはガックリと肩を落としていた。

「お前が全財産を使ってリニューアルしたんだ。俺もまだ飛べるうちはこの飛行艇を手放す気はねぇ。アイツは昔から慎重派でな。本当にダメなら、もっとはっきり言う」

 俺はリズの頭をクシャクシャと撫でた。

「ああ、髪型が。って、セットしてませんでした!!」

 今日のリズは化粧もしていなければ、髪の毛もほったらかしだ。まあ、今日はそれでいいが……。

「俺たちの商売は、いつ客が付くともわからねぇ。油断はするな」

 飛行艇の整備が終わり、いつでも飛べる状態だ。客がいれば運ぶ。干上がっちまうからな。

「はい、ちょっとお化粧してきます!!」

 リズは慌てて飛行艇に飛び込んだ。まあ、神に化粧がいるかと言われれば、ちょいと疑問は残るがな。

 数分後。戻ってきたリズは……大差なかった。さすがに言わねぇが。

「戦闘準備完了です。これでいつでもイケます!!」

 まっ、気合いだけは買っておこう。

「まあ、焚き付けておいてなんだが、もう夕方だ。さすがに客は来ないだろう」

 俺の飛行艇は全天候型ではない。飛べなくはないが、ちょっとしたアトラクションになる。命がけのな。

「お客さんを呼べばいいんですね。分かりました!!」

 リズは燐光に包まれた。誰も客を呼べとは言ってねぇ!!

「おい、やめろ!!」

 遅かった。リズは満面の笑みで言った。

「ノスタルジアまでのお客さんが見つかりました。なるべく早くだそうです」

 ノスタルジア? 聞いた事もねぇ。

「ああ、すいません。ポートデカルタです。転送ポイントがあるので……」

 ポートデカルタなら2時間もあれば着く。しかし……。

「神がなんで地上に下りて移動するんだ? なんかこう、転移的なものが使えるだろう?」

 俺が聞くと、リズは元気よく応えた。

「そんな便利な方法はありません。ポートリッジを代表する神の転送ポイントを使って、地味に地上を移動するんです。神も万能ではありません。結構面倒なんですよ」

 なるほどな。って面倒だな。本当に。

「さて、客を迎える準備をするか。お前は客室を頼む。俺は航法装置の設定だ」

「はい!!」

 行きはともかく帰りは夜だ。無理せず、ポートデカルタで1泊だな。

 俺はそう決めて、管制塔にこれから離陸する旨を伝えたのだった。

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