第4話 就活

 雷光と雷鳴が轟き、強風で飛行艇がガタガタと震える。飛行するには生憎の天候だ。

「無理するな。ポートブリッジに戻ってもいいんだ」

 俺は隣の席で必死に操縦桿にしがみついているリズに声を掛けた。

「大丈夫です。まだ余裕があります!!」

 意地になるな。全く……。

 そう、今この飛行艇を操っているのはあのリズだ。ちょっと時間を3時間ほど巻き戻してみようか。


 まあ、事件というのは当然くるもんだ。場所は俺の飛行艇。街にある寝ぐらから空港に移動した途端、これだ……。

「なんだ、まるで新造艇じゃねぇか……」

 一瞬、何かの間違いかと思ったが、駐機スポットは48番。間違いなく俺の飛行艇だ。さすがに元の船は変わっていないが、どこもかしこもピカピカに磨き上げられ、青を基調にした塗装も真新しい。なんの冗談だ?

「あっ、トラさん!!」

 船体のほとんどを占めるのは客室だが、そこのドアを開けて現れたのは、3日前に別れたばかりのリズだった。

「おい、リズ。どっから入った!?」

 おかしいな。施錠はしたはずだが……って、それ以前の問題だ!!

「それに、お前は帰ったんじゃねぇのか?」

 遺跡探検で膨大なお宝を手にし、派手な大空中輸送をやったのは記憶に新しい。再びトラックを手配し、撤収作業をやったのが昨日。それを忘れるほどボケちゃいない。

「あの財宝を金貨に換金して、全部使ってこの飛行艇の改装工事をしました!!」

 ……馬鹿かコイツは!!

「勝手に弄るな!! っていうか、なんでそんな無駄遣いしたんだ!?」

 ああ、なんて言えばいいんだ。こういう時は!!

「あれ、なにかまずかったですか? ぜひ乗員として雇って頂きたくて……」

 ……やっぱり俺の客はロクなのがいねぇ!!

「リズ、お前との契約は終わっているんだ。また関わる理由はないだろ? 雇って欲しいなら好条件のところに口を利いてやる。俺のところじゃまともな給料も出せないぞ!!」

 俺の声には応えず、不意にリズの体が燐光に包まれた。ん? なんだ??

「……3分20秒後にお客さんが来ます。行き先はキアラ島。結構な報酬を払ってくれるはずです」

 リズが軽く目を閉じてつぶやくように言うと、常に携帯しているトランシーバから声が聞こえた。

『トラ、仕事だ。キアラ島までだが大丈夫か?』

「なんだって!?」

 俺は恐る恐るリズを見た。すでに燐光は消え、ニコニコ笑顔でこちらを見ている。

 ……なんだ、コイツは!?

『おい、トラ!!』

「あ、ああ、大丈夫だ。案内よろしく」

 トランシーバのトークボタンを押してそれだけ返すと、俺は慌てて飛行艇に乗り込んだ。

 真っ直ぐ操舵室に向かい、全システムを作動させる。さすがに、エアコンくらいは掛けておくべきだ。

「どうです? 多少は役に立ちますよ。雇ってもらえませんか?」

 いつの間にか、リズは副操舵席にいた。猫の俺ですら気配を感じなかったぞ!?

「……ふぅ、分かった。今度の仕事はお前に任せる。上手くいったら好きにしろ」

 そんなに甘くねぇ。分かっての意地悪課題だ。

「分かりました。頑張ります!!」

 言うが早く、リズはまず客の出迎えを行う。俺はこんなだからちと荒いが、モニターで見ている限りではトラブルもなく、客である黒スーツ姿の男を客室に迎え入れる。ここまでは問題ない。ちゃんと、忘れずに報酬も受け取っている。大事な事だ。

「お客さんの受け入れ出来ました。なるべく急ぎだそうです」

 副操舵席に戻ったリズが、一丁前ににヘッドセットを付けながら操縦桿を握った。

「そりゃ急ぎだろうさ。ウチのウリは「速い」「安い」だからな。サービスは期待されていないはずだ」

 このポートブリッジには腐るほど飛行艇屋がある。わざわざウチを選ぶ客は「速さ」か「安さ」だ。

「さて、出発するぞ。さっきも言ったが、全部任せるからちゃちゃっと片付けろ」

「はい!!」

 元気よく返事して、リズは管制塔と交信を開始した。

「こちら……」

「ああ、トラでいい。面倒だからな」

 俺はリズに言った。このくらいは手助けしてやってもいいだろう。

「はい……こちらトラ。離陸許可を求める」

『おっ、なんだトラ。ついに1人やもめはやめたか? しかも、声からして随分若い女じゃないか。隅に置けないな』

「採用試験中の馬鹿だ。いいからとっとと飛ばせろ!!」

 堪らず俺はくちばしを突っこんだ。ったく……。

『いつも通りだよ。離陸はもう少し待ってくれ』

 やれやれ。いつも通り待ちか……。

 そう思った時だった。リズの体が燐光に包まれていた。

「トラよりポートブリッジ。こちらは急いでいる。緊急離陸。接近中の船はこちらで避ける」

 無線にそれだけ言うと、リズは飛行艇を強引に離陸させようとした。

「おい、無茶するな!! なんだ緊急離陸って!?」

 緊急着陸は聞いた事があるが、離陸なんざ管制の指示に従うものだ。

「お客さんは急いでいます。早くしないと……」

 ……焦ってやがる。空では禁物だ。

「落ち着け。事故ったら意味がねぇ。管制の指示を待て」

「……はい」

 リズは操縦桿から手を放した。それでいい。

「まっ、今のは見なかった事にしてやる。次に何かやったら不採用だからな」

 そのままお互いになにも口を聞かず、無線ががなったのは30分後だった。

『トラ、飛んでいいぞ。キアラ島周辺はちと荒れるかもしれないな。気を付けろ』

 待ちに待った離陸許可だ。リズも同じ事をやっているが、俺も機械から吐き出された用紙を確認した。

 キアラ島は晴れだが、大気の状態があまり良くない。嵐が来る可能性がある。それさえ念頭に置いておけば大丈夫だ。

「よし、リズ。飛ばしてみろ。雇って欲しいっていうからには、免許は持っているんだろ?」

 この飛行艇を飛ばせないような奴は要らない。ガルーダ級は小型免許だが、この船は大型免許が要る。それに、免許だけじゃねぇ。経験がないとコイツのクセは強い。なかなか言う事を聞かないのだ。

「はい、特大まで持っています。でも、中型艇以上はこれが初めてです!!」

 言うが否や、リズはスロットルを全開にして操縦桿を引いた。操舵室の窓から見える景色が急速に変化していく。

「おい、あんまり張り切るな。コイツは扱いに注意しないと、地面に突っこむぞ」

 言いながら、俺は目の前のパネルにあるスイッチを弾いた。これで、最後尾に緑の旗が揚がったはずだ。初心者マークがな。

「そうですね、なかなかクセがあるというか、言う事を聞きません!!」

 もう何度も見た謎の燐光を全身に纏わせ、リズがグラグラと怪しく飛行艇を揺さぶりながら上昇させていく。危なっかしいが、まあ合格だ。普通の奴なら1ミリも空に浮かべられない。

「高度300で方位0-9-0に転進したら、自動操舵に切り替えろ。まずは上出来だ」

 ……「魔の11分」。離陸時の3分、着陸時の8分に事故が集中しているため、操縦士が恐れる言葉だ。どうやら、離陸は大丈夫のようだ。目的地はさほど遠くない。せいぜい片道2時間くらいだろう。

 こうして、うだるような暑さの空気を切り裂き、俺たちは高みを目指したのだった。


 ……さて、時計の針を現在に戻そうか。キアラ島空港の管制ががなっているしな。

『トラ、嵐にまともに突っこむとは欲求不満か? 回避ルートを指示したいが、そこからじゃ結局嵐の中を飛ぶことになる。今は最短ルートを指示する』

 うるせぇ。このボロ船に最近流行の気象レーダーなんて付いていない。経験だけで飛んでいるのだ。

 ああ、気象レーダーってのは、簡単に言えば雲探知機だ。雲を避けて飛べるという便利道具だが、こんなもんがなくても気象データさえあれば大体予測して嵐を避けられる。まあ、さすがにリズにそれを求めるのは酷か。

「リズ、操舵を代わろう。この嵐は初心者には辛い」

 強風に煽られてフラフラと進路も定まっていない。これでは、空港に辿り着くことも出来ないだろう。

「大丈夫です!!」

 大丈夫じゃねぇから言ったんだがな。

「試験は終了だ。飛行艇屋はそうそう簡単じゃねぇんだ。素直に家に帰れ」

 俺が操縦桿を握ろうとすると、リズが素早くその手を止めた。

「まだです。これからが本領発揮です!!」

 リズの体を燐光が包む。その光は徐々に強さを増し、どこか薄暗かった操舵室を煌々と照らし上げる。ずっと気になっていたが、これについてじっくり聞く必要がありそうだ。

 フラフラとしていた飛行艇の挙動が安定し、いかにも素人臭かった今までの動きが嘘のように、暴風雨を切り裂いて進んでいく。急に上手くなりやがったな……。

「なんだ、最初からこれをやれ。試験続行だ」

 俺は椅子に深く腰を下ろした。キアラ島までは約30分。生憎の天候で残念だが、晴れていれば、エメラルドグリーンの海に囲まれた綺麗な場所だ。

「トラよりキアラ島空港へ。着陸許可を求める」

 おーお、一端にやってやがるな。間違いじゃねぇ。

「何だトラ。いきなり女になったのか? 着陸を許可する。3番パットだ」

 ……もう、なにも言わんからな。

 こうして、俺たちは無事にキアラ島の空港に着陸したのだった。

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