第3話 お土産

「なんだこりゃ……」

 操舵室の窓から見える光景を見て、俺は思わずつぶやいてしまった。

 大小様々な飛行艇の海……。そう表現するしかない。ただの田舎だったバルサ群島は、今や一躍大フィーバーな土地になってしまっていた。

「トラよりバルサ空港。着陸の許可を求める」

『ああ、トラか。見ての通りだよ。バルサ本島の空港は満員御礼札止めだ。着陸待ちがゲップが出るほど溜まっている。急ぐなら1番離れたチャグ島くらいしか空いていない』

 チャグ島か……。仮にそこに下りるとして、そこから海上の連絡船で約1日か。これは要相談だな。

 俺は近くの受話器を取り、内線で客室を呼び出した。

『はい、どうしました?』

 ぴったり3コールでリズが出た。

「ああ、ちょっと問題が起きた。バルサ本島の空港がパンクしている。離れた島に着陸するしかない。この界隈は調べているとは思うがチャグ島だ。そこで海上の連絡船に乗り換えてもらう。それでいいか?」

 俺が問いかけると、すぐに返事がきた。

『はい、大丈夫です。ちょっと操舵室に行ってもいいですか?』

 ……まあ、いいか。

「いいぞ。なかなか壮観だぜ」

 通話が切れ、程なくリズがやってきた。

「うわぁ……」

 眼下一面に広がる飛行艇や飛行船の群れに、リズが声を上げた。

「まっ、こんなわけよ。この群島には定期便はねぇ。だから、こうなっちまうんだ」

 猫用タバコに点火して、俺はこっそりチャグ島空港周辺の気象情報を機械から取り出す。よし、問題ない。若干風が強い程度だ。

「チャグ島で構いません。なるべく早く本島に行かないと……」

 リズの答えは予想通りだった。

「チャグ島空港へ。こちらトラ。着陸の許可を求める」

 俺はチャグ島空港にアクセスした。

『トラか。そろそろ来ると思っていたよ。着陸を許可する。38番パットを使え』

 ……ちっ、38番とはまたご挨拶だな。1番ボロい着陸パッドだ。

「トラ、了解。アプローチ38」

  自動操舵装置解除。これから先が忙しくなるが……。

「リズ、客室に戻ってシートベルトを締めるか、副操舵手席でシートベルトを締めろ。これから、ちと派手な操舵になる」

 俺はリズに指示を出した。ここから先は腕の勝負だ。

「はい、ここにいます!!」

 リズは副操舵手席に座った。

 チャグ島空港は、別名コーヒーカップの底にある空港。周囲を高山に囲まれ。通常のように空港の真上に直接たどり着けず、谷間を縫って飛行して空港に接近するしかないのだが……なかなかの迫力である。世界100大難関空港にも指定されている。

 俺の飛行艇はあっという間にチャグ島に接近し、空港へ向けてへの着陸態勢に入った。

 まあ、そんなに大きな島じゃねぇ。見る間に空港周辺の谷間に突入した。

 バルサ群島は田舎ではあるが、何が楽しいのか夏休みを過ごす観光客がそれなりにいるので、俺は何度もこの空港に下りている。あえて本島に行かないひねくれ者も結構いるってことだ。だから知っている。このチャグ島空港の面倒くささを……。

「さてと……」

 さっそく山肌に大きな矢印が見えてきた。進入する谷を間違えないように、要所要所にこれがある。この狭い谷間のお陰で大型船は入れず、経験のない操縦士では着陸を嫌がるのだ。

「さすがです。このまま行くと、次は取り舵ですね……」

 燐光に包まれたリズが、隣でそんな事を言った。

「矢印に従っているだけだ。アホでも飛べる」

 俺はそう言って舵を切る。ったく、面倒なところに空港なんざ作りやがって……。

 最後の矢印を曲がると、もう目の前は空港だった。指定された38番パットに飛行艇を接地させると、全てのシステムを落とす。暑いのでエアコン以外は……。

「さて、着いたぞ。リズ、渡すものがある」

「ほえ?」

 リズが間抜けな声を上げた。

 俺は前金で貰っている金貨10枚から5枚を差し出した。

「違約金だ。本島に行けなかったからな。港への連絡バスや連絡船に入り用だろ?」

 これは俺の「ルール」だ。偽善でやっているわけじゃない。本来の目的地に行けなかった以上、依頼料を一部返還するのは当然だろ?

「えっと、でも、それだとトラさんがただ働きに……」

 まあ、間違っていねぇな。空港は無料じゃない。俺の労働費用も加えたら、ただ働きどころか持ち出しだ。

「ションベンガキが余計な事を気にしなくていい。さっさといきな。仲間が待っているんだろ?」

 俺が金貨5枚を押しつけると、リズは深々と頭を下げて飛行艇から降りていった。

「全く、変なガキだな。さすが、俺の客!!」

 俺は思わず笑ってしまった。全く、ロクな客拾わねぇぜ。

「さて、寝るか。他にやる事もねぇしな……」

 俺は念のため携帯無線機を持ち、操舵室のすぐ後ろにある仮眠室に入った。しかし、暑いな。迷宮探検の連中も物好きなこって……。


 1週間後……


「全く、いつまで穴に潜っているんだか……」

 いつも通り猫缶の朝食を終えると、俺は仮眠室のベッドに横になった。俺は構わねぇが、この暑さじゃ迷宮探検も程々にしねぇと干上がっちまうぞ。

『おい、トラ。なんかすげぇのが来るぞ!!』

 携帯無線機がいきなりがなった。

「すげぇの?」

 海千山千の管制官が「すげぇ」というのだ。よほどのものだろう。俺は飛行艇から降りた。すると、こちらに向かってトラックの隊列がやってくる。10台じゃ利かないだろう。確かにすげぇものだ。

「トラさーん!!」

 先頭のトラックの荷台に乗ったリズが、俺に向かって手を振ってくる。アイツ、一発当てやがったな。

 程なく、トラックの大群は俺の飛行艇の周りに集結した。

「すいません。たまたま、迷宮の宝物庫に当たっちゃいまして……これ、私の分け前です!!」

 リズがどこか困ったように言う。馬鹿野郎。たまたま稼げてたまるか!!

「あの、これ……積みきれないですよね?」

 リズが恐る恐る聞いてきた。

「当たり前だ!!」

 大型貨物船でもなければ、こんな大量の物資運べるか!!

「……捨てちゃいます?」

 おいこら……!!

「アホ、お宝が泣くぞ。分かった、ポートブリッジで管巻いている連中を集める。ここは、大型船は入れないからな。小型艇総出でやるしかない」

 俺は船の操舵室に飛び込み、無線のスイッチを入れた。

「トラよりポートブリッジで暇しているヤツらへ。仕事だ。すぐにバルサ諸島のチャグ島へこい!!」

 どの国でも統一の国際緊急無線の周波数で呼びかけると、30隻余りの応答があった。こうして、チャグ空港の歴史に残る事になった、お宝大空輸作戦は開始されたのだった。


 30隻で2往復。その最後の飛行に飛び立ち、お宝満載の俺の飛行艇はかなり動きが重い。時刻は夜。ギリギリで谷間を抜けると、眼下には真っ黒な海面が広がる。

「高度100メートルが限界か……」

 隙間という隙間に詰め込んだお宝が重すぎるのだ。飛行速度もさほど出ない。ポートブリッジ周辺が平地で助かった。

「あの、なにか申し訳ないです」

 当たり前のように操舵室にいるリズが、ペコリと頭を下げた。まあ、客室は荷物で一杯だがな。

「何を謝る。お前は俺たちに仕事をくれたんだ。堂々としていろ」

 うっかり海面に突っこまないように気を付けながら、俺はリズに言った。

「はい……」

 リズは肩をすぼめた。全く、どこまでもいい娘である。そんなんじゃ生きていけねぇぜってな。

「この速度じゃ、ポートブリッジまで4日は掛かる。キツいがそこの副操舵席で寝てくれ」

 仮眠室なんざ立派な貨物倉庫だ。真っ先に潰してしまった。この操舵室以外は、全てリズのお宝で埋め尽くされている。全く、あやかりたいものだぜ。

「はい、狭い所で寝るのは好きですが……。本当に怒っていないですよね?」

 ああ、もう!!

「仕事をもらってなんで怒るんだ? ポートブリッジ中がちょっとしたバブルだろうぜ。いいから寝ちまえ!!」

 まだ夜も浅いが、お子様にはちょうどいい時間だ。

「はい、ではお先に……」

 副操舵席に座ってシートベルトを締めたリズは、しばらくして寝息を立て始めた。まさか、本当にこんな時間に寝るとは思わなかったが、きっと疲れていたんだな。

「やれやれ、本当に変な客だぜ。色々な意味でな」

 俺は傍らに置いてあるラジオのスイッチを入れた。ちょうど流れてきた曲は、やたら男臭い歌詞だった。


 4日後……


 こんな事は滅多にないな。30ちょいの小型飛行艇が次々に着陸していく。空の規則として、動きがトロい大型船が優先なのだが、この数で攻められたらそうも言っていられないようだ。

 ああ、着陸待ちの間、ちょっと解説しよう。これは大まかな基準だが、旅客なら大体定員100名を越える飛行艇を「船」と呼び、貨物なら搭載量50トンを越える辺りから「船」と呼ばれる。最近じゃ600名近くを乗せられる巨大船、通称「ジャンボ」なんてものも登場しているし、貨物では積載量100トンオーバーの「スーパーギャラクシー」なんてのもある。このポートブリッジにもたまに飛来するが、アレはバケモンだ。俺の飛行艇なんざ軽く吹っ飛ばされちまう。

『トラ、待たせたな。いつもの場所に着陸しろ』

 管制塔から待っていた言葉が来た。

「トラ了解。お疲れさん」

 それだけ言って、俺はポートブリッツ空港の広い敷地に侵入した。明らかに重量超過。ただでさえシビアな着陸が余計に難しい。

 俺は慎重に飛行艇を進め、いつも泊めている着陸パッドにそっと下りた。ふぅ、これで仕事も終わりだ。

「リズ、着いたぞ」

 ……いつ寝たのか知らねぇが、全く起きる気配がない。

「やれやれ、これだからお子様は……」

 俺はこっそりため息をついたのだった。

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