第2話 空路にて
バルサ群島へ向かう俺の飛行艇は、最初の夜を迎えていた。ここで問題になるのが仮眠などの休憩だが、猫は3日くらい寝なくても平気である。いや、強がりでも嘘でもない。本当の事だ。それ以上になるなら、1度飛行艇を滞空させて休憩する。
自動操舵装置はあるが、これはあらかじめ設定したコースを辿るだけで、危険回避まではやってくれない。どうしても、操縦士の手が必要になのだ。
と、ドアがノックされた。
「どうした!!」
うるさい機械音を切り裂き、俺の声が響く。
「入って大丈夫ですか?」
そんな娘の声が反ってきた。飛行状態は極めて安定。特に問題はない。暇つぶしの話しぐらいは問題ない。
「ああ、鍵は開いている!!」
いちいち怒鳴るのも面倒だな。全く。
当たり前だが、客の娘が入ってきた。
「あの、休まなくて大丈夫なんですか?」
少し不安気に聞いてきた。まあ、当然だな。
「大丈夫だ。問題ない。って、何をしている?」
猫用に改造した向かって左側の席ではなく、万年空席の通常仕様の右側に娘は滑り込んだ。
「ガルーダ級小型飛行艇なら動かせます。この船と型は違いますが、見張りくらいなら出来ますので、トラさんは休んで下さい」
……全く、どこまでもとんだ客だぜ。
「お前は客だ。余計なことを考えていないで、空の旅を楽しんでいろ。客を働かせるほど、俺は困ってはいない」
これは、俺の「ルール」に反する。客を働かせるなんてもってのほか。それだったら、飛行艇を泊めて休む。
「いえ、これは私の信念です。こんな安い報酬で運んで頂いているのですから、出来る事は何でもやります!!」
……やれやれ。
「お嬢ちゃん。報酬の額じゃねぇんだ。俺はお前に金貨10枚で雇われた飛行艇屋だ。客を働かせるほど落ちぶれちゃいねぇ。もっと客らしくしろ」
全く、困ったものだ。珍しい客もいたものである。
「でも……」
なんだか申し訳なさそうな様子の娘だったが、やがて操舵席から下りた。よし、それでいい。
「面舵45度。無許可飛行の大型船接近中。このままでは衝突します」
「なに!?」
何を言い出すのかと思ったら、娘の体がまるで燐光のようなものに包まれていた。なんだ、コイツは……。
「早く!!」
「お、おう……。面舵45度!!」
娘の勢いに押され、俺は操縦桿を右に切った。自動操舵強制解除の警報が鳴る。
45度と言えば大した事なさそうだが、感覚的にはほぼ直角旋回だろう。普通はこんな動きをしない。飛行艇が大きく右に傾き、固定されていない色々なものが転がっていく。そんな最中で、申し訳程度に航海灯だけを点けた巨大な飛行船が左舷を通過していった。もし、進路を変えずに真っ直ぐ突っこんだら、今頃木っ端微塵だっただろう。命拾いした。
「お前、変わった能力を持ってるな」
とりあえず飛行艇を通常の航路に戻し、自動操舵装置を入れてから俺は娘に声を掛けた。
「はい、ちょっと特殊な体質でして……。自分を中心に半径50キロ以内の様子が分かるのです。目で見るより鮮明に」
……体質か、それ?
「べ、便利だな。ともあれ、助かった……名前聞いてなかったな」
飛行艇屋はただの便利な足。お互いに名前なんざ交換しないが、俺は娘に聞いた。
「リズっていいます。あなたは?」
リズか。悪くねぇ名だな。
「ああ、俺はトラだ。ホントはちゃんとした名があるが、猫っぽいからって好き勝手呼びやがってな、今じゃこっちの方が通りがいい」
俺はそう言ってタバコに火を付けた。ああ、タバコといってもコイツは猫用だ。タバコ葉ではなく様々な香草がブレンドしてある。
「あっ、いけねぇ。さっきの船の報告しておかないとな……」
俺はヘッドセットのトークスイッチを押した。
「トラより大洋集中管制。無許可航行の船と遭遇。こっちの位置は分かっているだろ?」
『こちら大洋集中管制。すでに目撃情報多数。警備隊が向かっている』
まあ、あんなバカデカい船が無許可航行していれば、誰だって分かるか。こっちも、一応義務なので報告しただけだ。
「了解した。以上だ」
俺はヘッドセットを外した。
「リズ、お前ガルーダ級なら飛ばせるんだよな。コイツはちとデカいがやってみるか?」
俺は右側の副操舵士を右前足で示した。まあ、気まぐれだ。
ちなみに、ガルーダ級飛行艇というのは、最大でも4人乗りという小型飛行艇の最高傑作シリーズである。よく金持ちなんかが足にしていることが多い。
「はい!!」
よほど嬉しかったのか、声を裏返してまで返事をして、リズは副操舵手席に滑り込む。こちらの席はノーマルだ。人間用のままにしてある……って前も言ったな。
素早くシートベルトを締め、操縦桿を握る姿は一端の操舵士だ。悪くない。
「好きにやってみろ」
強めにシートベルトを締め直し、俺は彼女を促した。
「えっ、好きにって言われても……」
困惑した顔を見せるリズに、俺は小さく鼻を鳴らした。
「さっき、見張りくらいなら出来るって言ったのは嘘か? いいからやってみろ。ヤバい時は俺がフォローする。
「は、はい!!」
まあ、旅のアトラクションに、こんなのもあっていいだろう。俺は軽く考えていたのだが……。
何を勘違いしたのか、リズはいきなりバレル・ロールをかました。これは、その名の通り船体を横に1回転させて、進路や高度を変えずに左右の位置を変える技である。初歩的な機動だが……あくまでも、戦闘艇の場合だ。民間艇……それも、こんなボロ船でやったら、それだけで伝説になれる。
「おいおい、あんまりはしゃぐなよ!!」
俺は慌てて叫んだ。今度はローリング・シザーズ……っておい!!
あー、これは言葉で説明するのが難しい動きだ。バリバリに戦闘艇の動きとだけ言っておく。
「こら、落ち着け。ぶっ壊れる!!」
やれやれ、とんだアトラクションだ。操舵をこっちに戻そうとしたのだが、リズの全身が再び燐光に包まれているのを見てやめた。
……コイツ、何者だ?
「うん、大丈夫。まだいけるね……」
1人ごとのようなものを呟き、リズはフルスロットルにした。
「おいおいおいおい!!」
あとのことは、正直あまり覚えていない。これ、ショーかなんかやった方が儲かるような気がする。そんなアクロバット飛行だった事だけは記憶している……。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんんさいぃぃぃ!!」
一通り遊び終えたリズが俺にペコペコ頭を下げている。全く、謝るくらいならやるな!!
「お嬢ちゃん。俺だって素人じゃねぇ。少なくとも、ただ者じゃねぇ事だけは分かった」
再び平穏を取り戻した飛行艇は順調に進んでいる。明後日の明け方には、目的地のバルサ群島に到着するだろう。
「いえ、ちょっと元気なことが取り柄なだけで、ただの女の子で……」
ただの女の子だと? さっきまで防空軍も驚くような機動させておいてか?
「まあ、いいアトラクションだった。これでちっとは気がすんだろ? ゆっくり客室で休みな」
俺は小さく笑ってやった。これだけ暴れれば十分だろう。
「あの、バルサ群島で少し待っていてもらえませんか? あんな報酬で図々しいのは分かっているのですが、迷宮探検帰りの足がないというのは不安で……」
……やれやれ。
「誰が片道っていった? お転婆なお嬢様を、あんな場所に置いていくわけないだろ?」
これはもう最初から決めていた事……というか、俺の報酬は基本的に往復が前提だ。お陰で全く稼ぎにならんがな。
「あ、ありがとうございます!!」
リズがペコリと頭を下げた。
「その代わり、迷宮でお宝でも見つけたら分け前くれや。ははは」
無論、冗談である。
「それはもう、全力でお礼させて頂きます!! 実は客室の改装草案を考えまして……」
……おいおい。
「ま、まあ、なんでもいい。確かに客室は古くさいからな」
リズがその辺にあった紙に、やたらと上手い絵を描いていく。こいつ、こんな才能があったとはな。
「この辺りがまず改造ポイントで……」
リズが楽しそうに話しを始める。
こうして、夜は更けて行くのだった。
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