猫の操縦士

NEO

第1話 出航!!

 マーシャル王国ポートブリッジの夏は暑い。とりわけ、コンクリート舗装されたここは、焼き殺すつもりかというくらいだ。しかし、点検整備はかかせない。俺の商売道具だ。労らなくてはな。

『旅客センターよりトラ。仕事だぞ。女というか娘1人だ。バルサ群島までだ』

 身につけていた携帯無線機ががなりたてる。

 フン、お呼びか。しかし、相変わらず微妙にいい加減な連絡だな。

 俺は整備していた10人乗りの小型飛行艇を見上げた。さて、旅の始まりだ。


 魔力で稼働する魔法機の発達は著しく、今や人は当たり前のように飛行艇で空を飛ぶ。

 そこで生まれたのが、それなりの料金と引き替えに、世界中お好みの場所まで客を案内する飛行艇屋だ。俺もその端くれである。ここポートフリッジ空港を根城にしている。


 飛行艇のエンジンに火を入れ、客室内の空調を整えていると、オープントップの車に乗せられ客がやってくる。俺は飛行艇から降りそれを迎えた。

「あ、あの、本当に猫さんなんですね……」

 車から降りた娘が声を掛けてきた。

「オークの方が良かったか? 案内で聞いていると思うが……」

 そう、俺は猫である。たまたま喋れるように生まれたため、こんな稼業をやっているのだが、やはり珍しいらしいな。

 ああ、ちなみにオークとは「鬼」とも言われる醜悪な魔物だ。一緒にするなよ。

「いえ、聞いてはいましたが、実際に見ると驚きです」

 うん、実に正直ないい娘だ。下手に感情を隠す奴よりよほどいい。

「まあ、いい。余計な話しは船内でやろう。ここは暑すぎる。さっそくだが、バルサ群島に行く目的と報酬は?」

 バルサ群島なんざなにもないところに行くなど、よほどの物好きかアホだけだ。報酬はまあどうでもいいとは言わんが、案内が俺に回すくらいだからたかが知れているだろう。

「バルサ群島で新しく迷宮が見つかって、そこの探検に行くんです。あっちではもう仲間が待っていまして……」

 なるほどな。そういえば、そんな噂を聞いた事がある。

「分かった。では、もう一度聞くが報酬は?」

 しつこいがこちらも仕事だ。報酬は大事な話しである。

「それが……金貨10枚が精一杯で……。皿洗いでも何でもやるので、お願いします!!」

 なるほど、俺に回ってくるわけだ。普通の飛行艇屋なら相手にもしないだろう。ええい、鬱陶しい。半泣きになるな!!

「分かった。引き受けよう。これは報酬に関係ないが、俺の船は一般的な客室サービスはない。乗員は俺1人だからな。それで構わないなら、さっさと乗れ」

 俺は乗降用タラップを前足で示した。暑くて死にそうだ。

「あ、ありがとうございます!!」

 娘が深々と頭を下げ、報酬を渡してきた。それを受け取るともう一度急かす。

「このコンクリの上で日干しになりたくなかったら、さっさと乗りなお嬢ちゃん」

「は、はい!!」

 娘は飛んで行くかのような勢いでタラップを登り、それに続いて私も飛行艇に乗る。

「危ないから、基本的には客室にいてくれ。バルサ群島の辺りは荒れやすいからな」

「は、はい!!」

 素直ないい娘である。全ての人間かこうならな……。

「それじゃ、さっそく行くぞ。何かあったら、部屋の内線で呼び出してくれ」

 俺は船の最前部にある操舵室に入った。ここはこの飛行艇の心臓部ともいうところだ。全ての操作がここからできる。

「ポートブリッジ管制。聞こえるか? こちらトラ」

 私は無線のマイクに向かって喋りかけた。

『ポートブリッジよりトラ。良く聞こえる』

 すぐさま相手から返事が来た。

「トラよりポートブリッジ。直ちに離陸を許可されたし」

『トラ、悪いがちょっと待ってくれ。今300人乗りの大型船が最終着陸態勢に入っている。離陸はその後だ』

 ここは、いわばマーシャル王国の空の玄関口。多くの飛行艇屋の発着だけでなく、外国を往復する定期大型船がひっきりなく発着し、いつも大混雑である。俺のような小さな飛行艇屋など1時間近く待たされる事もある。

「トラより管制。10分以上は待てん。せっかちな客でな」

 嘘も方便。こういうときは、強気に出ないといけない。

『トラ、ちょっと待て。優先順位は10番目だ。それ以上は削れん!!』

 ……ちっ、1時間コースじゃねぇか。

「もちっと何とかならんか? 1時間も待てるか!!」

『我慢してくれ。こっちも必死だ』

 管制塔の忙しさは分かっている。毎日がスクランブルエッグだ。これ以上は無理強い出来ない。

「分かった。こっちはいつでも離陸出来る」


 俺は携帯用の小型無線機だけ持って、操舵室から客室に向かった。

「おい、悪いな。空が大混雑で……って、何をやっている?」

 客室に入った途端、客の娘が雑巾片手に掃除していた。

「あっ、いえ、格安で運んで頂くのですから、この位は……」

 ……本当にいい娘だな。

「いっそ乗員にならないか? ……ってのは冗談だが、お前は客だ。そんな事しなくていい。それより、あと1時間は待たされる。覚悟してくれ」

 俺の言葉に娘は「はい」と元気にうなずき、とびきりの笑顔を向けてきた。

 ……ちっ、ここまで素直な客は珍しいな。

「一応報告だ。まあ、なにもないがゆっくり待っていてくれ」

 客室を後にした俺は、再び操舵室に戻り猫耳用特製ヘッドセットを付けた。

「待つのも仕事だな……」

 つぶやきながら、再度バルサ群島までの飛行コースを機械に打ち込み、最新の気象情報をチェックする。今のところ特に問題となる事はなさそうだ。

「さて、待つか。これも仕事だ……」

 俺はシートに身を預け、ただその時を待った。


『トラ、待たせたな。離陸を許可する』

 無線から待ちに待った声が聞こえたのは、ちょうど1時間後だった。

「本当に待ったぜ。即時離陸する!!」

 俺はエンジン出力をコントロールするスラストレバーを、「離陸」位置まで一気に引き、操縦桿を手前に引いた。エンジンの甲高い音が響き渡り、軽量な俺の飛行艇は勢いよく空に飛び立ち、コンソールの正面パネルに表示高度計の表示が見る間に上がっていく。大洋を横断するような大型船と違い、さほどの飛行高度は出ない。せいぜい、300メートルほどか。離陸は成功だ。ホッとする一時である。順調にいけばバルサ群島までは2日ほどだ。

「全く、コーヒーの一杯でも欲しいところだな」

 乗員が他にいないので、それは叶わぬ事だったが、気分だけでも飲んだことにしておこう。

 と、操舵室のドアがノックされた。間違いない。あの娘だ。

「鍵は開いているぞ!!」

 外に聞こえるように、わざと大声で怒鳴った。こうしないと聞こえない。

 ドアが開き、芳醇な香りが漂ってきた。コーヒーである。

「あ、あの、よろしかったら……」

 どこで調達したのか分からないが、娘がコーヒーを注いだ紙カップを手渡してくれた。

「お、おう、ちょうど欲しかったところだ」

 ちなみに、男はミルクも砂糖も入れないブラック。夏でもホットだ。

「客室で大人しくしていろ。今のところ気象状況は安定しているが、空は気が変わりやすいからな」

 言ったそばから、突き上げるような衝撃と共に飛行艇が持ち上げられ、今度は下降する。大事ない。こんな事はよくある。

「なっ? だから、客室にいてくれ。コーヒーはありがたく頂く」

 私はコンソールパネルのカップホルダーにコーヒーのカップを置いた。

「はい、客室で大人しくしています。お手伝いできる事があったら言って下さいね」

 そう言い残して、娘は操舵室を後にした。

「ふぅ……。珍しい客だな」

 自動操舵装置をオンにしてから、俺は椅子の背もたれに身を預けた。あとは機械が勝手に運んでくれる。こうして、俺たちの航海は始まったのだった。

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