第3話 シトラスの香り
「これからは川に落ちないでよ!」
川からの帰り道は、なつきのお説教タイムになった。
「はい、すいませんでした。」
「私いなかったら、スケスケのずぶ濡れのまま帰る事になってたんだからね!」
ありがたい事になつきのジャージを貸してもらい、今こうして普通に帰れている。
「本当ありがとう、なつき。」
「洗わなくていいから、ちゃんと返してよ?」
「分かってる。ちゃんと洗うから!」
なつきは猫のようにニッと笑う。
マイペースで素早く、愛くるしい所も猫をイメージさせる。
「明日はちゃんと頑張ろうね〜」
気付いたらもう、なつきの家の前まで来ていた。
「じゃあね、なつき。本当ありがとう」
「風邪引かないようにね!バイバイ!」
黒髪のポニーテールを揺らしながら、白く細い手を振るなつき。
私も笑顔で手を振り、家へと歩を進めようとした時、後ろから声をかけられた。
「みつるちゃん?」
男子と普段接する機会が無い私は、ビクンっと反応してしまう。
「そんなビビんないでよ〜」
振り向くと身長170センチくらいで、日焼けした男子が立っていた。
たしか、同じクラスの…うーん…あ。
「いしだくん?」
「俺も部活終わった所でさ、一緒に帰ろ?」
…良かった、合ってた。
太陽のような眩しい笑顔。私はこの人柄に弱い。
「え、一緒に?」
「ほら。行くよ」
いや、同意してないんだけどなぁ。
いしだくんは身長が高い分、足も長い。よって、歩くのが早い。
何だか追いかけなきゃいけない気がする。
早歩きをして、必死に付いて行く私。背の順で前から3番目には結構大変だ。
「ふふふ。」
いたずらっ子のように笑ういしだくん。
でも、歩くスピードを遅くしてくれた。
正直、見られたら勘違いする人がいそうで、一緒に帰るなんて嫌だなぁと思っていた気持ちが吹っ飛んだ。
意外に優しい人なんだ、全然知らなかった。
「みつるちゃんって、家この方向?」
真っ直ぐ続いた田んぼ道を指差すいしだくんに、ガクガク頷く私。
「おお!俺も同じ!」
また、太陽のような眩しい笑顔で言う。
すごいな、顔全体で笑うってこういう事なんだな。
「あっ!みつるちゃん、服に虫ついてるよ!!」
「えっ」
咄嗟に立ち止まる。
「そのまま動かないでね。」
真剣な顔でジャージの襟に手を伸ばすいしだくん。
顔が、距離が…近い。
はっきりとした目鼻立ち。長いまつ毛。日焼けした顔。きゅっと結ばれた唇。こんな近くで見ると整っているのが改めて分かる。
「よし!飛んでった!」
いしだくんの顔がサッと遠くへ行く。
「ありがと。」
色々ありすぎて、私は直視する事ができずに俯いてお礼を言った。
クラスではワイワイうるさくて、中心にいて、皆に人気があるいしだくん。私は正直、そんな彼を苦手に思っていた。興味も無かった。
だけど、今は…変わった気がする。
「ごめん、私ここ曲ったら家だから。ありがとう。バイバイ」
言いたい事だけ言って回れ右をする。
嘘はついてない。本当にここを曲ったら家だ。
「みつるちゃん!」
「な、なに」
振り向いた私の顔は、いしだくんにどう見えているのだろう。
「シトラスの香り…いい匂い」
ニコッとはにかんで。
「じゃあね!また一緒に帰ろ!」
日焼けした筋肉のある手をふるいしだくん。
私も軽く手を振り、すぐ歩き出す。
シトラスの香り…って。
それ、なつきのジャージの匂いだよ。
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