イナカノ話

雲出鋼漢

第1話 カミサマを殺したかもしれない話<蚕>

 子供は残酷で、素直だ。

 幼稚園など存在しないので保育所に通っていた、僕達幼児にとって、芋虫や毛虫というのは“敵”だった。

 大抵どこの家も夫婦は共働きで、家族で最も触れ合うのは祖母という環境。

 大抵どこの家にも畑があって、手伝いをしているという事情。


 僕達は、

「生き物を殺すのは悪いことです」

 というぼんやりとした良識を学ぶより先に、

「害虫は踏め!」

 と教えられて育った。


 保育園にある大きな松には、毎年春になると丸々と太った毛虫が発生したので、僕達は競ってそれを潰し回った。

 クレイアニメの『ニャッキ』に似た顔をした毛虫を、笑いながら踏んだ。

 保育所の先生も、「知らない種類だけど、毒がありそうな感じがするから」という理由で、怪しい生き物は殺していた。


 そんな日が終わりを告げた時の事を、よく、覚えている。


 今の僕は、正直に言って芋虫や毛虫が大嫌いだ。

 運転中に車内に居ることに気付いたら、間違いなく事故を起こすくらい嫌いだ。

 夢に出てきたら目を覚ますどころか、勝手に起き上がってしまうくらい嫌いだ。

 家の前の一本道を毛虫の行列に塞がれたら、二時間くらい立ち往生してしまうくらい嫌いだ。

 二十キロの荷物を担いで90度近い山の斜面を登っているとき、目の前に芋虫が居ることに気付いてその場で跳ねてしまうくらい嫌いだ。

 恐らくそれは、一匹の芋虫を殺してしまったことに起因するんだろう。


 よく晴れた日。庭に現れた、大きな白い芋虫。

 僕は踏むのではなく、足元にあった手頃な大きさの石を持ち上げ、父親が何故か静止するのも聞かず、手に持ったそれを振り下ろした。

 芋虫は原形をとどめず、黄色と茶色のぐちゃぐちゃしたものになった。

 二十年以上前のことなのに、他の事はろくに覚えていないのに、そのことはよく覚えている。


 その頃から、僕は芋虫や毛虫が怖くなった。


 それから二十年くらい経ち、爬虫類即売会で、その白い芋虫を見つけた。

 それはシルクワームという名で、生餌として売られていた。

 それは自然界には存在せず、人の手で管理されなければ生きられない筈の生き物だった。

 家の隣にある廃工場はその昔、戦前には養蚕工場だったと聞いたことを思い出した。


 あの日何故、家の庭に蚕が居たのか。戦前からの生き残りか。違うだろう。




 あの日僕は、カミを殺してしまったのではないかと思っている。














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