第三話
女の後をただ付いていく、それだけの内に近衛の方では少し冷静さが戻っていた。いきなりの展開に気が動転していたが、やはりヤクザ絡みの仕事だけに色々とヤバそうだ。作為の気配がぷんぷんと漂ってくる。
地上へ出てすぐ、女は一台の黒い高級車の方へと向かった。路上に停められた車はそれ一台きりだ、すぐに女の車だと気付いた。運転席には誰かが座っている。近衛は前を歩く絢の背に声をかけた。
「ちょっと聞きたいんだけど、本当にヤバい仕事じゃないよね?」
彼は怖気づいていた。とは言え、知人のヤクザに貰った前金は借金の補填に使ってしまって、もう女について行くよりなかったが。
「ええ、安心してちょうだい。場所も目黒の目と鼻の先よ、あんな街中で騒ぎなんか起こせないでしょう? 心配なら車内で誰かに連絡を付けていてもいいわよ?」
形のよいヒップが左右に揺れる。颯爽と歩きながら、絢は振り向いて答えた。
黒のベンツの後部リアウィンドゥには遮光シートが貼られ、内部が見えない工夫がされている。そこへ絢は近衛を押し込め、自身が隣に滑り込んだ。前方、運転席に座っていたのもまた女だ。ちらりと見えた横顔は、これもかなりの美女だった。
滑り出したベンツはさすがの乗り心地で、這うように揺れもなく進む。ごみごみとした都会の喧騒は遠ざかっていき、やがて高級住宅街に入り込んだ。別段、女たちは彼に行き先を隠そうとはしていなかった。
「先に言っておきますけど、これからあなたが体験する事は、当然だけど他言無用でお願いします。御主人様の人脈にはかなりヤバい方々もいらっしゃるから、そのつもりで居てくださいね。」
隣に座った女、絢は前方を見据えたまま、澄ました顔でそう宣言した。
「お姉さま、近衛さんがビビってらっしゃるわ。もうその辺にして差し上げたら?」
運転席の女が含み笑いで、これも前方を向いたままで割り込んだ。バックミラーに映る目元だけでは確かめようもないが、こちらの美女は隣の絢より幾分若そうに見える。二十歳そこそこか。絢もまた、三十路には入っていないだろう事は確実だが。
やがてベンツは高級住宅街のさらに奥、いやに敷地の広い家々が立ち並ぶ一角へと入り込んでいった。背景には山々が広がる。曲がり角を何度も越えたせいで、どこ辺りなのかの見当はまるでつかなかった。
ベンツが静かに停車すると、煉瓦塀に面したガレージのシャッターが自動で開いていく。相当に大きな邸宅だ。ガレージの出入り口も広く、内部はさらに広い。もう一台高級車が居並ぶ横へ、ベンツは滑るように進んで定位置へと収まった。
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