第一話
近衛に儲け話を持ち込んだのは、彼の馴染みのヤクザだ。ヤバ目の仕事を斡旋して貰ったり、たまに金の都合を付けて貰ったりと、そういう付き合いだった。
「俺の知り合いの金持ちのじじいだ、見目のいい若いのを探している。お前を紹介しといたからよ、どこそこへ何時、会いに行ってこい。」
そんな調子で押し切られた。詳しい経緯は解からないと言っていたから、そのヤクザも誰か他の知人からの斡旋で、たらい回しな依頼なのだろう。
「つべこべ言ってんじゃねぇよ、仕事を選べる身分でもないだろう? だいたい、俺経由の仕事にマトモなものなんか期待出来ないくらいは承知しとけよ。」
馴れ馴れしく肩を抱き、ヤクザな男はそう言って嗤った。
近衛が一人で向かった面接の場所はオフィスビル街の地下にある喫茶店だった。値段がそこそこだから客はあまり居ない。指定の席は奥まった一角で、先に座って待っていたところへ不気味な老人を乗せた車椅子が登場したという按配だ。紹介のヤクザがじじいと言っていたから気付いたようなもので、頭陀袋で隠した風貌のうちの唯一見えている部分、双眸の皮はたるみきって皺が寄っていた。
変わったじいさんだった。近寄れば微かに、饐えたような、すっぱい匂いがした。老人特有の匂いだろう。血走った目が恐ろしく、くぐもった声と相まって何ともいえない嫌な気分を沸き立たせた。
「わしの顔に何か不満でもおありかな?」
「いえ、すいません。」
いかにも不服げな声が咎めるので、近衛は頭陀袋をまじまじと見つめる事を止めた。後ろに立つ女がやけに緊張している事が空気を伝ってくる。怒気に触れたのだろうと思い、誤魔化すように珈琲カップに手を伸ばした。
どちらにせよ、あまり趣味の良い老人ではなかった。
「悪魔は、信用しますかな?」
突然の質問に、彼はうな垂れた姿勢のまま必死に考えを巡らせた。どういう回答を遣せば機嫌を損ねずに済むかと、懸命に模範の例文を漁った。
「悪魔を崇拝する者は少ない、気に病まれる必要はありませんよ。私は別にそんな無茶な条件を出すつもりもないのです。ただ、貴方が敵対者であり、儀式の妨害の為に参加しようと目論むことは、許すわけにいかない。」
近衛は頭を下げたまま、黙って聞いていた。話の内容から、とても顔を上げて老人と対面する勇気は持てなかった。
「……私も寄る年波には勝てませんでな。ここへ来るだけで、少々、疲れた。申し訳ないが、後はこちらに控える私のドールに請け負わせましょう。あと暫く待っていて貰いたい。私が引き上げた後に、このドールをここへ遣しましょう。」
言い終わりが合図なのか、女が素早く動いた。近衛は拍子に顔を上げたが、老人は椅子に深く腰掛けたまま、微動もせずに彼をねめつけていた。その視線はやはり恐ろしく、彼は再び顔を伏せてしまったという。
やがて、車椅子の軋む車輪の音は遠ざかり、店員のおざなりな挨拶の声が耳に飛び込み、静寂が訪れた。平日の午前、オフィス街はまだ仕事の最中だから客は誰も来なかったらしい。
どのくらい待っただろうか。人の声が騒がしく、時計を見れば昼時を指している、その時分になってようやく、件の女が再び彼の前に現れた。
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