プロローグ2

 あれは1999年のことだった。彼の前には車椅子に座った老齢の男が居り、後ろにふるいつきたくなる美女を従えていたそうだ。

 男は、目の部分だけ穴を開けた頭陀袋のようなものを被り、やけにくぐもった声でぼそぼそと話をする。冬とはいえ、喫茶店の中でさえ黒革の手袋を取らない、一見して解かる変わり者だった。車椅子の背に幾つものクッションをぎゅうぎゅうに詰め、ゆったりと寛いでいた。

 女の方は口を閉じたきりで一言も喋らなかった。憂いのある眼差しは車椅子の男の後頭部あたりを見ていたが、むろんそんなものを何十分と見続けるはずもない、要は心此処にあらずといった体で虚空を見ていた。


 男の口から出る、キリスト以後の千年(ミレニアム)は神の側の千年だったが、次の千年は悪魔の側の千年なのだとかいう胡散臭い話を、近衛くんも表向きには興味のある素振りで聞いていたそうだ。来年の、つまり2000年からは新しい時代が始まる、次の王となるのは今度こそ悪魔であるべきだからそれを迎え入れる儀式を行わねばならぬのだと、老いた男は彼に力説した。

 彼にすれば悪魔や儀式はどうでも良かった。ただ年が明けるまでの一ヶ月、儀式への参加と協力の為に屋敷へ滞在するだけで結構な報酬が貰えるとの事で、そこだけを念押しして聞いていた。

 身体の自由が利かぬ主人に代わって女達と共にサバトへ参加する、その報酬が当時の金額で百万ほどの提示だったという。けれど、彼は結局、悪魔の儀式に参列する事はなかったそうだ。御主人様は、彼が屋敷に滞在する事となったその一週間後に、不幸な事故でこの世を去ったという。


「狐につままれたような話さ。だけど、滞在中の一週間は天国だった。毎夜ごとに、女が入れ替わりで部屋へやってきて、サービスしてくれたんだ。御主人はいわゆるSM的な趣向での彼女たちのマスターだったというわけだ。世の中には本当に風変わりな人物が居るもんだね。」

 ツーフィンガーの水割りをちびちびとやりながら、彼は目を細めて懐かしそうに語った。

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