奇談その四十九 究極の楽園

 そう遠くない未来のお話。


 タクシは三十代無職の肥満気味の男。人間関係に疲れ、就職活動もしないまま、実家でのんべんだらりと過ごしていた。両親は彼に何の期待もしていなかったので、早く就職しろとか、せめて自立しろとか一切言わなかった。

 仕事もしない、家の中の事も一切しない、食事は上げ膳据え膳、小遣いは上限なくせびる。タクシの人間力は日に日に落ちていった。

 そんなある日、パソコンに一通のメールが届いているのに気づいた。それは地元の自治体の「資産課」という部署からだった。

「将来も健全な財政運営を推進するための被験者を募集しております」

 奇妙な内容だったが、更にその先を読んでみると、何をするでもなく、只、用意された地下室で三ヶ月間過ごしてもらうだけというものだった。

(きつい労働とかメンタルに来る責め苦とかないのか。これはいいかもしれない)

 タクシはすぐに返信メールを送り、参加希望を表明した。


 数日後、集合日時と場所が書かれたメールが届いた。それは自治体の庁舎であった。タクシの家からなら、歩いて数分の距離だ。しかも迎えの車を寄こしてくれるという。タクシは手ぶらで来てくれればいいと書かれていたので、着のみ着のままで迎えの車に乗り込み、自治体庁舎へと向かった。

 庁舎に着くと、タクシはそのまま白衣を着た数人の男性にストレッチャーに乗せられ、庁舎奥にある地下室へとエレベーターで降りた。地下室にはトイレが別室にあるだけで、テレビもネット環境もなかった。

「パソコンが欲しいんだけど」

 タクシが要望したが、それは聞き入れられなかった。

(これ、メンタルに来る責め苦じゃねえかよ)

 話が違うと思ったタクシだったが、数分後にはそんな事はどうでもよくなっていた。たくさんの豪華な料理とデザートが運び込まれ、給仕してくれるのは皆タクシ好みの美女達。

(天国だ)

 タクシはニヤニヤしながら、給仕の女性達を舐めるように見た。


「これ程早く被験者が現れてくれるとは思いませんでした」

 モニターでタクシを観察している男の一人が言った。

「近い将来に訪れる食糧不足を乗り切るためには人類は一線を越えねばならんのだ」

 もう一人が言った。

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