奇談その四十四 呪いの俳句

「違う、どれもこれも偽物だ」

 今を時めく新進気鋭の俳人である本宮もとみや喜風きふうは呟いた。彼はずっと探していた。彼の母であり、偉大な俳人であった本宮キヌイの遺した俳句を。

(母の詠む句はもっと鮮烈で刺々しかった)

 喜風が亡き母の句を探すには理由わけがあった。その句を詠むと、三日以内に必ず奇妙な死に方をするというのだ。

(封書やメールで送られてくるものにそれだけの呪いがあるのなら、送り主が死んでしまい、送る事はできない。やはり、直に手に入れるしか方法はないという事か)

 そんな折、やはり俳人仲間で、喜風も一目置く天野あまの玲衣れいから電話があった。

「珍しいですね。どうされましたか?」

 喜風は玲衣が連絡してきた理由が思い当たらず、尋ねた。すると玲衣は、

「貴方がお母様の俳句をお探しだと聞いて、お電話しました」

 喜風は意外な理由を告げられ、右眉を吊り上げた。

「という事は、貴女は母の句について何かご存知なのですか?」

「はい。直接会ってご確認いただきたいものがあります」

 玲衣の言葉に喜風の受話器を持つ右手に力が入る。

「わかりました。場所をご指定ください」

「できれば、貴方のお宅がよいのですが」

 喜風は胸が高鳴った。玲衣は誰もが羨む美貌の持ち主なのだ。彼は二つ返事で了承し、二日後に玲衣と会う事にした。


 そして、二日後、和装の玲衣がやって来た。喜風は高揚する気持ちを抑え、彼女を居間に通した。

「お茶は結構です。とにかくご覧ください」

 玲衣はソファに座ると、手に持っていた風呂敷を解き、四つ折りにした便箋を取り出して喜風に手渡した。

「これが?」

 喜風が訊いた。玲衣は黙って頷く。喜風は唾を呑み込み、便箋を開いた。

(これはまさに母の句だ。間違いない)

 そこまでは感動したのだが、

(という事は三日後に死んでしまうか? しかし……)

 そこで大きな疑問が湧いた。何故玲衣は生きているのかと。

「貴方も気づいてしまったのですね。貴方のお母様を殺したのは私だという事に」

 聞き終わらないうちに喜風は胸に激痛を覚えた。

「知らない方がよかった。貴方の事、好きでしたのに」

 玲衣の声を聞きながら、喜風は事切れた。

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