奇談その三十七 接見

 平井卓司弁護士は偉大な父である卓三の跡を継いで、東京で事務所を開業している。しかし、裁判で敗訴が続き、弁護を頼む者が極端に少なくなっていた。

 そんな卓司の元に国選弁護の話が来た。

 弁護するのは連続殺人事件の被告人で、有罪率百パーセントと言われる程明確な証拠が揃っていた。敗訴引受人というあだ名を付けられている卓司にとって、そんな事はどうでもよかった。とにかく仕事が欲しかったのだ。卓司は二つ返事で弁護を引き受け、早速被告人のいる葛飾区小菅の東京拘置所に赴いた。

「貴方の弁護人をする平井卓司です。よろしくお願いします」

 卓司は名刺を見せて言った。しかし、被告人は彼を見ようともしない。卓司は苦笑いをして、

「無罪を勝ち取る事は無理ですが、できるだけ刑が軽くなるように努力しますので」

 それでも被告人は反応がない。卓司は心が折れそうになったが、

「罪なんて軽くしてくれなくていい。知って欲しい事がある」

 不意に被告人が喋り出したので、ハッとして顔を見た。被告人は坊主頭で顔ははっきり見えているはずなのに、表情がわからない。卓司が不思議に思って口を開きかけた時、

「俺がどうやって殺したのか、あんたに知って欲しいんだ」

 被告人に耳元で囁かれたような気がした。次の瞬間、卓司は夢なのか幻なのか、殺害現場にいた。

(何だ、どういう事だ?)

 しかも、自分が出刃包丁を振り上げて被害者を何度も刺している。止めようと思っても身体の自由が利かない。血まみれになりながらも、命乞いをする若い女性を容赦なく突き飛ばして足蹴にし、更に馬乗りになって包丁を突き立てる。

「うわあああ!」

 堪え切れなくなって絶叫した時、卓司は自分が拘置所にいるのに気づいた。彼は全身汗だらけになっていた。


 そして、第一回公判の日が来た。裁判長の人定質問がすみ、検察官の起訴状朗読が終わり、裁判長の権利告知が終了して、罪状認否の時が来た。

「裁判長」

 ここで初めて卓司が口を開いた。法廷の全員が彼に注目する。卓司は息を大きく吸い込んで、

「被告人は無罪です。真犯人は私です。今まで黙っていて申し訳ありませんでした!」

 法廷の外にまで聞こえそうな大声で言った。

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