奇談その三十六 オーディション

 平井卓司は俳優になる夢を抱いて、故郷を捨て東京に出てきたが、早十年。未だにこれといった仕事もできずに毎日毎晩バイトに明け暮れていた。

 そんなある日、バイト帰りに立ち寄った他に客がいない深夜のコンビニで今まで目にした事のない情報誌を見つけた。その名も「オーディション専科」。如何にもありそうなタイトルだが、表紙は前衛的とでもいえばいいのか、奇妙な図柄だ。人によっては吐き気を催しそうな気味の悪い配色だった。しかし、卓司は何故かその雑誌に心惹かれ、レジに持っていった。

「あれ?」

 店員がバーコードリーダーを翳して首を傾げた。卓司はどうしたのだろうと訝しそうに店員を見ていたが、

「百円です」

 店員は雑誌を裏返してそこに書かれていた価格を告げた。卓司は普段から小銭をジャージのポケットに入れているのでそこからおもむろに百円玉を取り出して、店員に渡した。

「レジ袋はいいです」

 卓司はそのまま雑誌を受け取るとコンビニを出た。

「ありがとうございました」

 店員は首を傾げたままで、卓司を見送っていた。


 風呂なしトイレ共同のアパートに帰った卓司は裸電球を点けて早速雑誌を開いた。

「リアルを追求した映画に興味のある方募集」

 最初に目にしたのは出演者募集の広告だった。日当は一万円。拘束時間は十時間前後。悪くない金額だと思った卓司は共有の廊下にある公衆電話で連絡を取った。広告には、二十四時間受付中と書かれていたのだ。

「オーディションを開催中ですので、すぐに来てください」

 電話をかけるといきなりそう言われた。場所を聞くと、アパートからそれ程離れていない所だったので、急いで出かけた。


 言われた場所に着くと、そこは古びた倉庫跡で、中に十数人の人がいた。

「では、貴方は殺される人です」

 監督らしき白髪の男が言い、卓司は犯人役と思われる大きな男の前に立たされた。男は出刃包丁を持っている。

「では、刺してください」

 監督の指示で、男が出刃包丁を振りかざし、卓司の左の首筋に本当に突き立てた。

「ぎゃあああ!」

 卓司の悲鳴が倉庫跡に響く。

「まだ死んでいませんよ。もっと刺してください」

 監督のその声を最後に卓司の意識は途絶えた。

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